行動経済学が解明を目指す「幸福」の正体

重要なのは使命感や利他性を養う教育だ

物質的な生活満足度を得たくなる誘惑に勝って、エウダイモニアを経験するために特に重要と考えられるのが、使命感と利他性である。伝統的経済学の基本的なモデルの労働観では、仕事をすると余暇が下がって効用(満足度)が下がるのだが、賃金を得て消費をするためだけに働く。この労働観には、使命感や利他性からのエウダイモニアの余地がない。

しかし、利他性について、実験経済学や行動経済学で多くの研究の蓄積がある。私企業の労働者の使命感については経済学の研究はまだほとんどない。しかし最近の経済学(特に教育の経済学)では、従来重視されてきた知能指数や学力などの認知能力だけでなく、意欲や目的を長期的にやりぬく力、忍耐力や利他性などの非認知能力が重視されて研究が進んでいる。最近の幸福の経済学でのエウダイモニアの研究とあわせて、使命感と利他性の経済学研究の今後の発展が期待できる。

まず使命感については、自分の人生に夢や希望を持つことから、人生の目的と志を持つようになり、目的に対して使命感が生じてくると思われる。この使命感の基礎となる「希望」について、東京大学社会科学研究所が2005年度から始めた希望学のプロジェクトの成果の一部を、経済学者の玄田有史が著書『希望のつくり方』(岩波新書、2010年)にまとめている。

この本の3章で印象的な一人の青年の物語が紹介されている。彼は野球が好きでプロ野球選手になることに憧れ、毎日野球にあけくれていたが、高校のときに自分の実力ではプロにはなれないと知って希望を失ってしまった。高校を卒業して以来、ずっと仕事をしてこなかった彼が、就職支援を行う女性を訪れた。会話の中で、野球を好きになったきっかけがプロ野球を初めて見に行ったときで、そのときの芝生の美しさを想いだし、彼は好きな野球に関わるために、芝生を植え付ける職人になることに希望を修正させていくことができた。

研究が好きで大学教授になってから学生を教えることに使命感を持つようになった人を知っている。彼は使命感を持ってから充実感と喜びを持って教えている。彼の場合も仕事の目的がより広く修正されている。このように使命感を持つことは、大人になってからでも希望や目的の修正によって学ぶことができるが、子供のときから使命について適切な教育を受けることができれば、さらに望ましいであろう。

使命感を育てる教育プロジェクトもある

使命感を持つためには、自分の人生の志や目的を探究することが必要である。今年2月に38歳で就任した柴橋正直・岐阜市長に2014年に研究のためにインタビューした際、ご自身が会員であるNPO法人岐阜立志教育支援プロジェクトの活動についてお話を伺う機会があった。

小学生や中学生が、自分はこういうふうな大人になりたいといった「お役立ち山」を描いて発表する、といった活動をされている。これは、たとえば英語教育を小学生から充実させるようなときに、「就職に有利だから」というようなことではなく、「世界で困っている人のために働きたい」というような、人生の志・目的・夢のために必要だから、ということを考えていくことを教育するプロジェクトである。

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