診断から治療まで、最先端「医療AI」の潜在力 膨大なデータを活かし最適な治療をサポート

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データは単に数が集まればよいというわけではない。よいナビゲーションをさせるためには、質の高い手技をAIに覚えさせる必要がある。そのために国立がん研究センターや日本内視鏡外科学会と共同でデータ収集し、良いデータを選び抜くデータの前処理(クレンジング)とタグ付け(アノテーション)を進めている。がんセンターに蓄積されている数百件の手術を人の目でチェックする膨大な作業に取り組んでいるところだ。

難しさもあるが、「まずは開発するのは手術者のサポートをするナビゲーションであり、(クルマの)自動運転と同じ」(原氏)。この内視鏡手術に関する研究も、将来的にはAIを搭載した医療機器への活用なども視野に入れている。また、内視鏡手術以外にも、MRIやCT画像解析、周産期医療でもAIを活用すべく準備を進めている。

包括的なルール作りを急げ

こういった医療AIが浸透すると、患者に合わない治療を行う必要がなくなり、医療の質の向上が見込める。また、それによって医療費のムダの抑制も図れる。

「データの蓄積やディープラーニングといったAIの向上によって、一部はすでに実用化レベルまで来ている。実用化されれば、社会に入り込むことで長期的に技術がなくなることはない」と、理研の山本氏は期待を寄せる。将来は病理標本の画像化によって診断の迅速化や遠隔診療の道も開ける。さらにAIと日本の高精度のロボット技術の融合ができれば、手術の格差が限りなく縮小していく可能性もある。

ただし、そのためには法・制度の整備が必要だ。アイリスやMICINにしても、現時点で国内にAI医療機器・システムの前例がなく、承認のプロセスや、知財の定義や権利化などさまざまな未解決の問題がある。このため現時点ではひとつひとつ、当事者間のみならず、国、企業など関係者が議論を重ねながらの共同作業にならざるをえず、時間がかかっている。「包括的なルール作りが必要。そうしないと海外との競争に勝てない」(原氏)。

今年4月に旗揚げしたばかりの日本メディカルAI学会は、こうした問題を解決するための場を提供する。医師とAI技術者だけでなく、クラウドやサイバーセキュリティなどIT全般の技術者や個人情報保護など法律家といった、ありとあらゆる人材が集まる。そこで課題を提起、議論し解決方法を提言していく。

安全性を無視した拙速な議論は避けなければならないが、米国や中国に比べて出遅れているといわれるAI開発の中で、ヘルスケア分野は残されたフロンティアだ。この分野で日本の存在感を示せるような制度設計は焦眉の急といえそうだ。

小長 洋子 東洋経済 記者

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こなが ようこ / Yoko Konaga

バイオベンチャー・製薬担当。再生医療、受動喫煙問題にも関心。「バイオベンチャー列伝」シリーズ(週刊東洋経済eビジネス新書No.112、139、171、212)執筆。

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