「昭和の竜宮城」がホテルに生まれ変わる必然

高級路線で訪日客を狙う「ホテル雅叙園東京」

昭和時代の本館入口を移設した豪華絢爛な和室宴会場入口(撮影:今井康一)

足を踏み入れると、そこには非日常的な世界が広がっている。芸術家に描かせた壁画や天井画、彫刻などが宴会場やレストランをはじめ館内のいたるところで見られる。日本画だけでも700点、工芸品などを含めれば美術品は2500点に及ぶ。

日本初の総合結婚式場として有名な「目黒雅叙園」(めぐろがじょえん)。2017年4月にリブランドし、「ホテル雅叙園東京」と名称を変えたが、その特徴はなんといっても室内装飾の豪華絢爛さだ。

紆余曲折を経てワタベウェディングが運営を受託

現在の建物は1991年に全面改装されたものだが、美術品は再利用され、かつて「昭和の竜宮城」と称された姿を今に受け継いでいる。1935年に建てられた現存する唯一の木造建築、通称「百段階段」は2009年に東京都の有形文化財に指定された。

目黒雅叙園は石川県出身の実業家・細川力蔵が1928年、東京芝浦にある自宅を改築して純日本式の高級料亭、芝浦雅叙園を始めたのが発祥。1931年に、より気軽に入れる料亭として目黒雅叙園を開業した。芝浦時代から数えれば今年で創業90周年になる。

 

創業者没後は同族経営が続けられていたが、紆余曲折を経て、現在は外資系ファンドが不動産を所有。運営は海外ウェディングの草分けであるワタベウェディングの100%子会社、株式会社目黒雅叙園が行っている。

豪華絢爛な結婚式場というイメージの強い雅叙園が、いま力を入れているのがホテル事業だ。

「雅叙園に泊まれるなんて、私もよく知らなかった」。そう語るのは、目黒雅叙園社長の本中野真氏だ。本中野氏はホテル日航東京(現ヒルトン東京お台場)総支配人を経て、2015年現職に就任。当時の雅叙園は主力の婚礼の不振が続き、業績は低迷していた。2014年度は1.2億円の経常赤字を計上。本中野氏に経営立て直しが託された。

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