北朝鮮で「英語ができる人」が重宝される理由 政府のプロパガンダとは裏腹に…

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たとえば、1987年の映画『保証』には次のようなシーンが出てくる。ある年配のエンジニアは海外からやって来た使節団の会話を盗み聞きする。使節団は、北朝鮮が自力で工場を再建するのにこだわるなら10年はかかるだろうと話している。エンジニアは会話に割り込み、工場再建で協力を仰ぐことになるかもしれない、この使節団を英語で罵倒する。「よくもそんなことが言えたものだな……あんたらがうちのお客じゃないなら、顔につばを吐きかけてやるところだ」

知的な風貌のベテラン俳優、キム・リョンリンは、このような英語の台詞を落ち着き払って、エレガントに発音する。チンピラが使う言葉を意味もわからずに真似する良家のお坊ちゃまのようだ。

当局は手抜き学習を推奨している

外国人に一発食らわせるという立派な行動を称えることだけが、このシーンの目的ではない。「外国語なんて朝飯前さ」といった態度で英語を話す点も重要なポイントだ。流暢な英語で外国人を公然とののしるエンジニアを見て、保守的な北朝鮮人上司は衝撃を受ける。

このような形で外国人と遭遇するまで、このエンジニアが同僚に英語の能力を見せつけることはなかったようだ。英語は片手間に習得したかのように描かれている。

実際、北朝鮮の映画や小説に出てくる典型的なヒーローやヒロインは、専門的な教育や指導を受けることなく、適当に独学するだけで外国語をマスターしてしまう。また、このようにしてお手軽に手に入れた外国語の知識は、体系的かつ長期の学習によって獲得した外国語能力をも上回るものとして描かれることが多い。

2000年の映画『暖かい我が家』の主人公が、そのようなケースだ。平壌の診療所で働く腰の低い産科医は、スペインからの来客を案内しようと仕事後にスペイン語を勉強していた。一方、上昇志向の強い同僚の女性は、海外留学で身につけたスペイン語を披露するチャンスだと考えていた。女性はやがて、独学でスペイン語を学んだ産科医のほうが自分よりも上手だという現実を思い知ることになる。

2008年の短編『仕事帰りに』の粗筋も、これとよく似ている。余暇に英語を学んだ地味な工員のほうが、金策工業総合大学で専門的に英語を学んだ女性よりも英語をよく知っていた、という話だ。

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