北朝鮮で「英語ができる人」が重宝される理由 政府のプロパガンダとは裏腹に…

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興味深いのは、英語の教科書が米国や英国ではなく、主にニュージーランドを題材にしていたことだ。英語圏の中で政治的に最も無害な国と考えられていたからに違いない。

外国語学習を通じて一般庶民が良からぬ情報に接するようになることを、当局は相変わらず恐れていた。新しい教科書は海外に目を向けるのではなく、北朝鮮の内向きな視点で作られている。前書きでは、次のような主張が繰り広げられる。外国語学習は北朝鮮に対する海外からの偏見を粉砕し、我らが将軍様の偉大さを世界に知らしめる能力を国民に授けるものである、と。英語とロシア語の教科書は「金日成大元帥様」に関する歌の翻訳と、北朝鮮がいかに完璧な国であるかについての解説で始まる。

北朝鮮の俳優が外国語を話すとき

英語の教科書には、ピサの斜塔や地球温暖化問題、デザイナーが憧れの職業になっていることなど事実に即した中立的な情報が盛り込まれる一方で、思想教育のための題材も含まれている。プロパガンダを狙った題材は、情報、言葉遣いのいずれもが滑稽としかいいようがないほど古くさい。たとえば、米国の人種差別問題を扱った会話例には、差別を受けているアフリカ系米国人に同情を示す話し手が登場するが、その人物はアフリカ系米国人を明らかな差別語を使って「ニグロ」と呼び、あの「ニグロ」たちは週にたった5ドル(600円未満)の給料しかもらえないのだ、といった主張を開陳する。

当然ながら、ロシア語の教科書には、ペレストロイカ(ソ連の解体につながった改革運動)に関する言及は一切ない。教科書はロシア人を好意的に描いているが、1960年代で時計の針が止まってしまったかのような印象を与える。たとえば、現代のロシアで最も人気のある職業は地質学者だと書かれているが、これは50年前の話だ。

外国語学習の必要性を訴える一方で、真剣に外国語を学ぼうとする国民については警戒の目を向けなければならない――。そんな矛盾に満ちたプロパガンダは、北朝鮮の映画にもありありと見て取れる。

1980年代も後半を過ぎると、北朝鮮の映画には外国語や海外の文化、外国人が登場し始める。ヒーローやヒロイン的な人物が国内の仕事に従事している点は昔と同じだが、このような登場人物が流暢に外国語を話すシーンが出てくるようになるのだ(話されるのはたいてい英語かロシア語かスペイン語で、まかり間違っても中国語や日本語でないのは興味深い)。

このような外国語の知識によって主人公は一段とかっこよく描かれるわけだが、ヒーローやヒロインが外国語を利己的な目的に使うことはない。北朝鮮映画の主人公は外国のライフスタイルに染まったり、懐柔されたりすることなく、祖国の偉大さを広めるために外国語を用いるのだ。

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