勝間和代「発達障害でも挫折しなかった」ワケ

できないことをできないと割り切る重要性

勝間:私は小学生の頃から忘れ物ばかりしていたので、その頃からすでに達観していました。教科書を持って帰ると忘れるので、全部学校に置いていましたし。リコーダーとか体操服も、必要なときにはだいたいないんですけど、忘れたら隣のクラスの友達に借りればいいと思っていましたから。

借金玉:まったく同じです。僕は自宅用と学校用に2セット買ったこともありました。でもそういうことをすると、先生から怒られなかったですか?

勝間:もちろん怒られていましたよ。テストでも解答用紙に名前を書き忘れて、何回も先生から呼び出されていましたからね。宿題も忘れるからしょっちゅう廊下に立たされたりしていましたけど、「スルー」してました。立たされることがあまりにも多すぎて慣れてしまっていたので。

「あきらめよう」VS「変わらなきゃ」の子ども時代

借金玉:勝間さんはできないことがあっても、先生に怒られても、自分を責めていないのがすごいです。そういう発想になったきっかけは何かあるんですか?

勝間和代さん(撮影:尾形文繁)

勝間:4人きょうだいの末っ子だったせいもあると思います。「できないときは誰かが助けてくれる」と、生まれたときからインプットされて育ちましたので。夏休みの宿題も8月31日までまったく手をつけず、提出日の前日に私が泣き出すと、兄とか姉が総出で手伝ってくれて。絵日記も、絵を描く係、日記を書く係と分担してやっていました。

借金玉:共感しかないです。僕は、宿題を出さなくても最終的には相手があきらめるというライフハックを習得しちゃったので、あまりよろしくなかったんですけど。どうしてもやらなきゃいけないことを誰かに頼って分担する方法は、僕も小学校の頃に覚えました。

ただ、親から「人に迷惑をかけるな」と言われて育ったので、そういうことに対する罪悪感は強くありましたね。

勝間:家族の影響は大きいですよね。私は4人目だったので、「子どもは自分の思いどおりには育たない」と親も学んで達観していたんだと思います。

借金玉:僕の父は、世間一般から見ると優秀な、お堅い職業のまじめな人で。発達障害ではない父から見ると、「普通」じゃない人間は理解不能だったんでしょう。だから僕のことを、理解不能な宇宙人から、なんとか「普通の地球人」に戻そうと努力していたところがありました。かなり厳しくしつけられたんです。

その影響で、僕自身も幼い頃から「普通じゃないこと」に強いコンプレックスがあって、「自分が変わらなきゃ」と思っていたんです。それで学生時代は座禅を組んだり、滝に打たれたり、哲学書を読んだり、怪しい漢方薬を飲んでみたり……。ありとあらゆる自己変革を試みては失敗して、ますます落ち込んで……ということの繰り返しでした。

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