”低医療費で長寿”の真実--崩壊前夜の「長野モデル」

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臼田駅から数駅先の小海駅。降車した乗客の多くは駅舎内にある、佐久病院付属の小海診療所へと向かう。前診療所長の由井和也医師は「小海線のほか、町営・村営バスの発着点で通院に便利で移転した。駅前商店街も患者さんの利用もあってか活気がある」とその効用を説く。さらには日赤の撤退後受け継いだ小海分院など、過疎化が進む同地区に200人以上の雇用を生み出している。佐久病院が掲げる、病院を軸に雇用を生み、町おこしを行う「メディコポリス構想」を、長野経済研究所の平尾勇調査部長は「地方の過疎化が進む中、医療施設の充実は、定住促進の大きな要因」と高く評価する。

「長野モデル」の肝は人材 足を引っ張る国、自治体

だが他の病院、自治体がうらやむような佐久病院の充実も、決して盤石なものではない。厚労省はあくまで訪問診療は診療所主体で行うとのスタンス。06年の診療報酬改定でも、24時間往診体制を確保した「在宅療養支援診療所」には破格の点数が与えられたが、どこよりも充実した訪問診療を行う佐久病院にはその恩恵は及ばない。また川上村診療所でも「適用要件の月2回の訪問診療は患者の自己負担が重すぎる。看護師やケアマネと毎日会議を持つことで十分フォローできる」(長医師)として対象者は一部にとどまる。

裏を返せば、「持ち出し覚悟で患者のために医療費のかからない医療を実践する医師が、在宅死を実現してきた。長野の成果を合わせれば、そうした医師が長寿も達成してきた」(長医師)ということになる。となると、「長野モデル」の真の肝となるのは、地域医療に従事する志の高い医師をどう育てるかにある。

だが佐久病院にやってくる若い研修医たちの気質の変化には先輩医師も苦慮している。「研修医になっても受験モードから抜けきらない医師が多い。『後期研修はどこを受験しようか』などと話しているのを耳にするとギャップを感じる」(朔医師)。実際、新臨床研修制度が導入されてから毎年応募者は引きもきらず、15人の定員枠は難なく埋まるが、病院の正式スタッフとなる後期研修に残るのは数人。佐久病院の独自育成システムは、多くの研修医が残ることが大前提。その前提が崩れると全体の瓦解へとつながりかねない。

夏川周介院長は「佐久病院でも今年4月から小児科医の救急外来診療を休止せざるをえないところに追い込まれている。周囲はより厳しい。医師という限りある資源を有効活用するためにも、特定の機能は集中させる必要がある」と語る。そこで数年前から高度医療専門の病院を新設する「再構築」を検討しているが、市立病院との“バランス”を重んじる旧厚生省OBの佐久市長の反対で、塩漬け状態が続く。

理念に引かれ参集した医師たちだけに、理念に沿う取り組みに対して国や地元が足を引っ張るようでは離散しかねない。中堅医師たちからは「佐久病院は崩壊寸前」「もう佐久を出よう」といった発言も漏れる。佐久病院の正念場は、長野モデルを「見習おう」と言う、国の医療政策の正念場でもある。

(週刊東洋経済)

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