周りの人からは、保健所に持ち込むことを勧められたという。
2013年の環境省動物愛護管理室調べによると、年間約3万7000頭近くが飼い主から保健所に持ち込まれる。収容されたほとんどのペットは殺処分される。
「もう15年以上飼ってる犬だからね。家族だから、殺すなんてことは絶対できなくて。でも引取先も見つからないし、とりあえずアパートに住むのはあきらめて河川敷に住み始めたの……」
そう言うと奥さんは芝犬を見た。芝犬はのんきにパタンパタンと尻尾を振った。それ以来もう半年も河川敷で生活しているという。家がないと就職先を見つけるのもとても難しくなる。人間としてはこの夫婦の判断は正しいのかもしれない。とても優しい判断だ。しかし優しいがゆえに困窮から抜け出せない。なんとも歯がゆく胸が痛くなった。
三段壁がターニングポイント
さて、冒頭の三段壁がターニングポイントになったオジサンに話を戻す。僕は何人もの野宿生活者に話を聞いてきたが、かなり珍しいケースだった。
5年ほど前の冬、僕は大阪のドヤ街・西成を訪れた。センターと呼ばれる巨大施設の前の道路で布団にくるまり横になっているオジサンに話しかけた。歳の頃は60前後だろうか。七三分けにした髪型をしてまじめそうなメガネをかけていた。色も白く、西成の日雇い労働者っぽくはなかった。
「おお、ホームレスになったキッカケかい? ちょっと長くなるから、布団に上がったら良いわ」
と僕を布団の上に座らせてくれた。ウエルカムで話を聞かせてくれるのも珍しい。布団の上で正座して、じっくりと話を伺う。
「もともとは四国のほうで運送業をしてたんや。奥さんと2人暮らしでな。まあ派手さはない生活やけど、幸せでしたわ」
そんなある日、奥さんに病魔が襲った。脳梗塞で倒れたのだ。そして左半身が麻痺してしまった。
「それから8年間介護しながら暮らした。正直生活はとても大変やったけど、それでも生きていてくれて本当に良かった」
そして8年後、奥さんは先立ってしまった。
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