「それが2年前やね。20年間連れ添った嫁がいなくなって、本当に寂しくなってしまってな。もうガックリ気力が削がれてしまった。何やっても寂しいしつまらない、味気ない。それでも頑張って2年間生きてきたけど、もういいやろ、と思って三段壁に行ったんや」
そのとき、僕ははじめて三段壁の存在を知った。
「福井の東尋坊と同じような場所やね。平たく言えば崖や。関西の人は三段壁に行って人生を締めくくるんやわ」
オジサンは自殺をするために三段壁に向かったと語る。崖の景勝地は、自殺のスポットになりがちだ。三段壁は「恋人の聖地」と呼ばれてカップルや夫婦に人気だが、もともとは、1950年に心中したカップルが巨石に口紅で「白浜の海は、今日も荒れてゐる」と書き残したというエピソードが始まりだ。
昔に比べて自殺する人は減少傾向にあるらしいが、それでもいまだに飛び降りる人はいるという。
人がいなくなるのをジッと待っていたら…
「もちろん本気で飛び降りようと思って行ったんよ。でも、結構な数の観光客がいたんや」
たしかに僕が足を運んだ日にも平日にもかかわらずかなりたくさんの観光客がいた。恋人の聖地だからカップルや夫婦で記念写真を撮っている人もいた。
「そんな人たちの前で飛び降りたら、悪いでしょ? 子どもなんか飛び降りの現場見たら心に傷が残るかもしれないし……」
オジサンは備え付けのベンチに座って人がいなくなるのをジッと待ったという。すると2人組の男性に話しかけられた。
「自殺を止める運動をしてるボランティアの人やった。『自殺しようとしてませんか?』って問い詰められたわ。『自殺者は旅行客とは服装や荷物が違うし、何より顔つきが違うからすぐにわかるんだ』って言われた。自分では普通にしてたつもりやったんだけどね。やっぱり目が死んでたのかもわからんね」
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