その孫に当たる巨匠ニコロ・アマティ(1596-1684)は卓越したヴァイオリン製作者であるとともに、多くの弟子を育てる能力にも恵まれていた。その弟子の1人が、今回の主役であるアントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)だ。彼はその長い生涯の中で、2人の息子たちと共にヴァイオリンやヴィオラ、チェロなどの弦楽器を1000挺ほど製作。そのうち約600挺が戦禍や事故を乗り越えて現存しているのだからすばらしい。
さて、ここからが核心だ。300年以上にも及ぶ長いヴァイオリン製作の歴史の中で、なぜストラディヴァリウスだけが特別視されるのだろう。この疑問を、ストラディヴァリウスなどヴァイオリンの名器を数多く手掛ける日本ヴァイオリンの中澤創太社長にぶつけてみた。
ほかの楽器には見られない黄金比
以下は中澤社長による説明だ。
「ストラディヴァリウスの価値には2つの見方があると思います。
1つは作品としての完成度の高さ。これは現物を見ると明らかです。当事ストラディヴァリは王様からの発注を受けるような有名人で、クレモナの町では、人々が“ストラディヴァリのようなお金持ちになれたら最高だ”と口にするほどの成功者でした。
彼が認められていた理由の1つは作品の持つ美しさです。ほかのヴァイオリンに比べてストラディヴァリウスの美しさは際立っています。使われている材質にしてもボディに開けられたf字孔にしてもコーナリングにしても、ほかの楽器とは全然違います。とにかく製作過程に抜かりがないのです。これほど美しくまとまった黄金比はほかにありません。
同じように評価の高いグァルネリ・デル・ジェス(1698-1744)はちょっとタイプが違っていて、ストラディヴァリに比べて荒っぽさがありますね。絵に例えると、ピカソの絵のように一見無茶苦茶なのにそこにセンスや人柄がにじみ出ているといった感じです。彼は性格的にも暴力的な人だったようで、牢屋に入れられたこともあるうえに大酒飲みで、早く亡くなっています。
反対にストラディヴァリは穏やかで上品な人柄だったようで、それが音色にも表れていますね。美しい高音の響きはダイヤモンドトーンと言われるほどです。さらには、アートピースとしての美しさは誰にも超えられない程のレベルです。今から300年も前にあの美しいフォルムを作り上げてしまったのですから本当にすごい。しかも彼は1挺たりとも同じ作品を作らなかったのです。
作るたびに何かしら音の改善を図ろうと試みているところが見られます。そして何より美しさへのこだわりが強い。そのために当時から彼の作る楽器は骨董的な価値が高く、亡くなってからはさらに値段が上がる一方でした」
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