トヨタ「エスティマ」発売12年でも健闘の理由 そこに唯一無二の存在感が生まれている

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ミニバンの魅力とは何か。

基本は、3列シートによる多人数乗車である。室内は広く、床は平らで、それらによって室内での座席移動も可能にする。なおかつ広い室内のためには天井の高さが必要で、エスティマは背の高いミニバンの基本形を変えることはなかった。

そのうえで重心をできるだけ低くする設計を行い、サスペンションを改良し、操縦安定性を向上させる開発は代ごとに継続された。ノア/ヴォクシーも、アルファード/ヴェルファイアも、もちろんエスティマも、運転感覚は代を重ねるたびにつねに向上していった。

日常生活の便利さだけでなく、遠出にも潤いを与える

燃費についても、エスティマはハイブリッドを継承し、トヨタのミニバンを選ぶ理由の1つに置いた。そのハイブリッド車には、1500W(ワット)の電力を供給できる100V(ボルト)のコンセントを車室内に設け、出先で電気を利用できるようにした。たとえばドライブ先で湯を沸かし、温かいコーヒーを飲む。たったそれだけのことでも気分を切り返させ、会話を弾ませ、遠出を楽しませるだろう。あるいは、明かりを採れることでキャンプなど屋外での夜間の作業をしやすくする。

買い物や送り迎えといった日常生活の便利さだけでなく、休暇での遠出に潤いを与えるのがミニバンである。偏った志向ではなく、普遍的なミニバンのうれしさを追求し続けてきたのがエスティマであり、またトヨタのミニバンであるといえるだろう。

ミニバンブームは終わり、いまやSUVが人気だとする選択と集中によってメーカーの都合による商品構成とするのではなく、永年愛用してきた顧客や消費者の気持ちを切り捨てない姿勢に、トヨタのミニバンに対する信頼が膨らんでいるはずだ。

エスティマ AERAS PREMIUM (2WD) ウェルキャブ サイドリフトアップシート車(脱着タイプ)"手動式"(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

さらに、エスティマには福祉車両もある。障害は一人ひとり状況が異なるため、なかなか最適な福祉車両を準備するのは難しい。それでも、多人数乗車のミニバンであれば、大勢で出掛けるなかに障害がある人や高齢者がいることも容易に想定できる。ミニバンブームが終わったからSUVだとする発想はいかにも一元的で、健常者だけの使い勝手しか考えが及んでいないのではないかと思うと悲しい。

トヨタは、日本車のなかでも数多くの車種に福祉車両を用意するメーカーである。乗車に適した車いすまで開発している。福祉車両の製造は容易でないが、より多くの人がクルマのあることで快適に暮らせる社会を目指し、トヨタが取り組む福祉車両や高齢者向け施策への配慮があるからこそ、安易に車種を切り捨てることをしないのだろう。

とはいえ、人気が下降傾向のミニバンを新開発するのは難しいかもしれない。なおかつ日本の自動車市場は縮小傾向にもある。そこでマイナーチェンジを繰り返しながら魅力を保持して存続させるところに、エスティマに唯一無二の存在感が生まれているのではないか。

愛用者を切り捨てないトヨタの良心が、現行エスティマの12年に及ぶ長寿をもたらしている。そしてそれを待つ顧客がいる。

御堀 直嗣 モータージャーナリスト

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みほり なおつぐ / Naotsugu Mihori

1955年、東京都生まれ。玉川大学工学部卒業。大学卒業後はレースでも活躍し、その後フリーのモータージャーナリストに。現在、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員を務める。日本EVクラブ副代表としてEVや環境・エネルギー分野に詳しい。趣味は、読書と、週1回の乗馬。

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