横浜市も悩む「水道の老朽化問題」の行方は? 水道インフラ民営化、熱い理想と冷たい現実

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財政難の自治体から水道運営を切り離し、民間の創意工夫で現状の水道インフラを維持する──。関係者はバラ色のシナリオを描くが、現実は甘くない。

コンセッションによって空港や道路の運営が収益を上げられるのは、サービス向上により利用客数や客単価が増加したため。人口減少や節水の普及で料金収入が減る水道では品質を上げても収益が増える見込みは立たない。

水道事業に詳しい東京大学大学院工学系研究科の滝沢智教授は「水道事業は、サービスに見合った対価を支払える利用者のみを対象にできる空港や有料道路とは異なる」と指摘する。

海外では多くの地域で水道事業の民間開放が行われたものの、収支計画が狂い頓挫した例も少なくない。

たとえば、米アトランタ市では1999年に民間企業が水道事業の運営を開始したものの、施設の老朽化が想定以上に激しく維持費がかさんだ。初年度にいきなり赤字を計上し、人員削減と水質悪化という悪循環に陥り、2003年に水道事業は再び公営へと戻された経緯がある。

ある水道事業者は「コンセッションを導入しても、料金収入だけではとても維持費を負担できない。水道管の更新は引き続き自治体が行うなら、収支が成り立つ」と話す。

魔法の杖は存在しない

民営化に対する住民側の合意形成もハードルになる。水道法改正を見込んで、2016年に奈良市が、2017年に大阪市がそれぞれ上水道へのコンセッションの導入を提案。だが、議会側は料金値上げや水質低下を警戒し、奈良は反対多数で否決、大阪は廃案となった。

とはいえ、公営のままでも将来的に料金値上げやサービスの低下は避けられない。日本政策投資銀行は、水道事業の継続には2046年度までに約6割の自治体で値上げが必要で、その金額は全国平均で2014年度の1.6倍にも上ると試算している。

滝沢教授は「コンセッションという言葉に踊らされている。官か民かではなく、どこまでコストを許容するかの議論が必要だ」と警鐘を鳴らす。

民営になれば状況が好転するというのは、いささか楽観的に過ぎるだろう。民間の“創意工夫”は決して魔法の杖ではない。日本全国を網羅する安心・安全でおいしい水をどう守っていくか。いま一度考え直す時期に来ている。

一井 純 東洋経済 記者

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いちい じゅん / Jun Ichii

建設、不動産業の取材を経て現在は金融業界担当。銀行、信託、ファンド、金融行政などを取材。

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