米朝会談開催で注目「老華人企業家」本の中身 華人のホテル王がつづる旺盛な企業家精神

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彼女が生まれた20世紀初頭の福建省福州は、英国の管轄下にあり、港湾はジャーディン・マセソン、スワイヤーなどの英国系商社に独占されていた。そこで「母は幼いころから強烈な反帝国主義、反植民地主義の思いを抱いていた」というから、マレー半島が日本軍に占領された時代に長兄の郭鶴挙(フィリップ)、兄弟のなかで最も聡明だったと言われる次兄の郭鶴麟(ウィリアム)が共にマラヤ共産党の抗日軍に加わり、1949年以降は反英闘争の指導者となったのも、おそらくは母親の影響だろう。ちなみに郭鶴麟は1953年に戦死しているが、郭鶴挙はマラヤ共産党を離れた後、マレーシアの外交官としてオランダ、西ドイツ、EC(ヨーロッパ共同体)大使などを歴任している。

母親の強い勧めで、郭鶴年はシンガポールの名門・ラッフルズ書院に学ぶ。同級生には2代目マレーシア首相でナジブ・ラザク前首相の父親に当たるアブドゥル・ラザク、3代目首相のフセイン・オンが、1年先輩にはシンガポールのリー・クワンユー(李光耀)元首相がいた。彼ら有力政治家との「関係」が、企業家にとっての「大きな資産」であったことは想像に難くない。

「郭鶴年自伝」を伝える「亞洲週刊」(2018年1月7日号)(筆者撮影)

母親は毛沢東を「罪過は功績を遥かに上回る」と手厳しく批判する一方、鄧小平を高く評価し、郭に向かって「お前の目玉が黒いうちに、中国は資本主義に回帰する。事実、その方向に向かって発展している。人というものは自分や子孫の利益のためであればこそ骨身を惜しまない。これからの中国は、こういった力が発揮され発展するだろう」と言い聞かせた。家族主義が中国経済発展のカギという彼女の考えに従うなら、共産党独裁政権下の市場経済の原動力は、伝統的家族主義ということになるわけだ。

「真の社会主義こそが社会の究極の目標であるべきだと考えていた」という母親に倣って、郭は「人類は気の遠くなるような長い苦難を経て真の文明世界に到達する。いま、われわれは長い道のりの初めの数歩を歩み出したにすぎない」と説く。だが、これまでの企業家人生において彼と彼の一族が掌中に収めたはずの巨万の富、名声、それに権力は、どう考えても「真の社会主義」とは相容れないように思える。この矛盾をどう理解すべきか。

母親たちが、家族経営を実質的に動かしてきた

それにしても、90歳を遥かに過ぎた老企業家がここまで母親の影響を受けていたとは驚くばかりだ。だが、これは郭に限られたことではない。規模の大小にかかわらず、これまでの華人企業社会で家族経営を実質的に動かして来た基本は、母親だった。家長として振る舞ってきた父親(創業者)が亡くなっても動揺しない企業集団が、母親の死と共に解体の方向に向かう例は、これまで数多く見られた。やはり華人(ひいては中国人)の企業家一族の隠れた家長は母親だったのだ。

巨万の富を築き上げたジョン・D・ロックフェラーの企業家としての振る舞い――合理性、節制、そして蓄財への傾倒など――は、福音派北部バプティストであった母親の強い影響によるとも言われているが、郭鶴年のみならず、成功した華人企業家とその母親の関係は、ロックフェラー母子の関係を連想させるに十分だ。こんな点からも華人(ひいては中国人)とアメリカ人の企業文化の共通性が傍証できるように思える。やはり中国人とアメリカ人の心性は似通っているのだ。

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