米朝会談開催で注目「老華人企業家」本の中身 華人のホテル王がつづる旺盛な企業家精神

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たとえば郭を「砂糖王」にまで押し上げるキッカケを作ったのが、父親を通じて人脈を築くことになったダトー・オンであることは周知の事実だ。ダトー・オンはマレーシアの前身であるマラヤ連邦建設運動を推進し、5月の選挙で敗北するまで一貫してマレーシアの与党を形成してきた統一マレー国民組織(UMNO)の創立者である。郭のビジネスを飛躍的に拡大させたといわれる1970年代初頭の「新経済政策」にしても、推進役はラッフルズ書院同級生のアブドゥル・ラザク首相(当時)だった。ラザクの後継者としてUMNOを率い政権を握ったフセイン・オンはダトー・オンの息子であり、ラッフルズ書院の同級生でもある。いわばマレー人有力政治家との人脈こそが、企業家・郭鶴年の“培養土”であったことは、大方が認めるところだ。

マレー人優遇策を盛り込んだ「新経済政策」が実施される以前からマレー人を重用し、関連企業にマレー人株主・役員を迎え入れるなど郭の“先見性”を高く評価する声もあるが、郭は1970年代半ばにマレーシアで「醜悪な種族主義が台頭する」とマレー人優遇を批判する。アブドゥル・ラザク首相からは傘下海運企業の新発行株のマレー人枠の拡大を2度にわたって求められ、またフセイン・オン首相(当時)に向かっては国策の誤りを指摘して新経済政策の修正を進言した、と綴っている。だが郭の要求は受け入れられず、過重な税務負担を嫌って拠点を香港に移した。

最後の大舞台の幕開きか

今回、郭鶴年の自伝が出版されるや、「醜悪な種族主義」に象徴されるマレーシア政府への批判に対し、ナジブ政権内のマレー系有力者から「政府の援助を得て莫大な富を築いたにもかかわらず感謝の意を示さない忘恩の徒」「飼い主に嚙みつく犬」などとの批判が起こる。総選挙が近づいた3月に入ると、郭が親族を経由してマハティール・ビン・モハマド元首相率いる野党連合・希望連盟(PH)の一角を占める華人系・民主行動党(DAP)へ資金提供し、華人政権の実現を狙っているとの声すら聞かれるようになった。与野党接戦状況に対する与党側の焦りの表れだったということだろう。

これに対し華人社会から、仮に政府の支援を得ようとも郭の成功は彼自身の努力の成果であり、なんら批判されるものではないとの擁護の声が挙がる。

5月9日の総選挙の結果、建国以来続いていたUMNOを中軸とする与党連合・国民戦線(BN)は敗北し、PHを率いたマハティールによる新政権が発足することとなる。

一貫して親中国の姿勢を貫いてきたナジブ政権が倒れたいま、マレーシアの政財界に加えて華人社会に強い影響力を持つ郭鶴年は、習近平政権にとってなにものにも代え難い貴重な存在であるだろう。なぜなら気心の知れた「自己人(なかま)」であるからだ。

「華人はすべて生まれながらの企業家」であり、「華人は生まれながらにして世界中で最も優れた創業の因子を持」ち、「敢えて苦労を求める彼らこそ、地球上で経済的な奇跡を生み出せるアリのようなものだ」と説く郭鶴年は、マレーシアでは未経験の政治状況の中で、どのような「アリ」となって新政権に対するのか。これからのマレーシア、マレーシアと中国、ひいては中国の“熱帯への進軍”のこれからを見定めるうえでも、郭鶴年の動向が気になるところだ。

はたして彼の自伝は、企業家人生の最後の大舞台の幕開けを告げるために自らが打った拍子木だったのだろうか。

(文:愛知県立大学名誉教授 樋泉 克夫)

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