「クロちゃん」が嘘つきでも人気を集めるワケ 芸人としての意識の低さが笑いを生む

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そもそもクロちゃんは初めから芸人志望だったわけではありません。女性アイドルの曲も原曲キーで歌えるほどの甲高い声の持ち主である彼は、アイドルを目指して松竹芸能に入りました。ところが、事務所の人に安田大サーカスの団長安田さんを紹介され、そこにHIROさんも加わって、なぜかお笑いトリオとして活動させられることになってしまいました。

元力士のHIROさんとアイドル志望のクロちゃんは、その時点では笑いのいろはも知らない素人同然の状態でした。ただ見た目のインパクトだけで芸人になることを求められたのです。セリフもまともに覚えられない2人に、団長安田さんは根気よく指導を続けていきました。虎や象などの猛獣がサーカスの団長に手なずけられるように、クロちゃんも少しずつ芸人として「調教」されていったのです。

そんな経緯でたまたま芸人になってしまったクロちゃんには、今でも芸人としての余分な自意識がほとんどありません。いまだに自分をアイドルのように思い込んで、ツイッターでも明るく前向きな言葉だけを並べています。

「他力本願」こそクロちゃんの才能

自分が笑いのプロであるという意識が高い人ほど、ドッキリ系の企画では「面白く見られたい」「結果を残したい」という自我が邪魔をして、自然なリアクションができなかったりすることがあります。そういう人の反応は見ている人の想定内に収まってしまいがちです。

しかし、アイドル気取りのクロちゃんには、芸人としての隠すべき内面がありません。自分がありのままで恥ずかしくない人間だと信じているからこそ、生身の姿を堂々とさらけ出して、演出する側の意図に100%身を委ねることができます。それがあの予測不能な面白さを生んでいるのです。

そして、その場しのぎのウソをついていることをどんなに追及されても、平気な顔でしらを切り続けます。なぜなら、クロちゃんの脳内世界では、クロちゃんこそが完璧なアイドルであり、クロちゃんこそが正義であり、そんなクロちゃんがウソをつくはずがないからです。常に「心の目隠し」をしているクロちゃんには現実が見えていません。だから、どんな忠告も批判の声も決して届かないのです。

長い歴史の中で、テレビバラエティの演出はどんどん緻密になっています。そこでは作り手が求めていることを細部にわたるまできちんとこなせるタレントが求められています。そんな時代だからこそ、クロちゃんがここまで重宝されているのでしょう。調教されることに慣れているクロちゃんには、流れに身を任せる「他力本願」という偉大な才能があるのです。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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