”ゼロゼロ物件”の被害続出! 住宅「貧困ビジネス」の強欲

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頼みの綱の公営住宅も若年単身者は対象外

日本にはスマイル社を利用するような、困窮する若年単身者を助ける住宅のセーフティネットがない。「若者に対する社会サービスは全般的に手薄だが、中でも住宅サービスは完全な空白地となっている」と、若者政策論が専門の法政大学社会学部の樋口明彦准教授は指摘する。

野宿者支援を行う、NPO法人自立生活サポートセンター「もやい」の稲葉剛代表理事は「保証人不在が自立の大きなネック。公的保証制度の創設を要請しているが、行政は民間契約に立ち入れないの一点張り」なのが実情だ。民間の保証人紹介業者もあるにはあるが、「高額な紹介料を徴収された揚げ句、結局紹介されなかった」(被害者)など問題事例が多発している。

より直接的な施策として、現在は若年単身者は対象外としている、公営住宅の開放も考えられる。だが、住宅政策に詳しい法政大学の本間義人名誉教授によると「ここ数年間で住宅政策からの公の撤退が著しく進んだ」という。実際、公営住宅入居のハードルは高くなる一方だ。1996年の公営住宅法の抜本改正で、入居対象は全所得階層の下から25%(政令月収20万円まで)とされたが、来年4月からは月収15・8万円以下とさらに引き下げられる。

その背景にあるのは自治体の新築抑制で、たとえば都営住宅は石原慎太郎氏が都知事に就任後は、新規建設ゼロを9年間継続している。それでも公営住宅への住民のニーズは強い。今年5月の都営住宅の入居応募は、公募戸数956戸に対して、申込者数は約5・5万人。平均倍率は実に60倍に迫る。昨年8月には特別区議長会から都知事宛てに都営住宅の建設促進要望書が提出された。

新設を止めた都が代わりに進めているのが建て替え事業だ。建て替えに伴い高層化を進め、それによって生まれる余剰地を民間企業に売却、賃貸住宅がつくられている。たとえば南青山一丁目住宅の建て替えに当たっては、高層化したものの戸数は従前の150戸にとどめ、余剰地を借り受けた民間事業者が月額賃料最高236万円の高級タワーマンションを建設している。

関西圏も同様だ。住宅事情に詳しい敷金問題研究会代表の増田尚弁護士は「公営住宅は不足しており、とりわけ単身者向けの枠は乏しい」と語る。実際、大阪でもミナミ以南で「ゼロゼロ」を売りにした賃貸住宅が散見されるという。また厚生労働省管轄の全国で約35万人が暮らす雇用促進住宅も、すべての住宅を廃止する方針を決め、すでに住民に廃止通告をして退去を求めている。

諸外国は大胆転換 立ち遅れる住宅政策

スマイル社は今年8月から定期借家契約への変更を入居者に求めている。定期借家契約とは、賃貸期限をあらかじめて決めておき、その期間が過ぎたら入居者は必ず退去しなければいけないというもの。期限がある代わりに、多くの物件では家賃が安くなるというメリットもある。

ところが落とし穴もある。「期間満了で理由なく居住者を退去させられるため、通常の借家契約に比べ著しく事業者に有利」(弁護団)な面もあるのだ。スマイル社が切り替えを要請しているのは入居期限が1年の短期契約。定期借家に移行する際には、メリット・デメリットを入居者に十分説明することとされているが、取材のかぎりではスマイル社はほとんど何もしていない。

定期借家制度は99年に新設されたときには、一度廃案になりながら、国会の委員会を変更するという奇策でようやく成立したいわく付きの代物。法改正をめぐり、不動産業者の団体から多額の政治献金が行われた点が問題視されたこともある。

先進諸国の住宅政策を見ると、英国は昨年7月、住宅政策のマニフェストである『住宅緑書(グリーンペーパー)』を公表した。07年を基点に、16年までに累計200万戸、20年までに累計300万戸の公的住宅を供給するとの方針が示された。公共住宅の民間売却が行われたサッチャー政権時代とは大きく方針転換した。また韓国も01年に公的賃貸住宅の100万戸供給を宣言している。フランスでも住宅困窮者に最低限度の住宅を保証する法律が制定された。本間名誉教授は「こと先進国で日本ほど住宅政策が軽視されている国はない」と喝破する。

困窮する若年単身者への公的住宅の入居資格拡大など、他国並みの「公」を軸とした住宅政策の復権は、悪質業者による被害拡大を防ぐためにも喫緊の課題だ。

(週刊東洋経済)

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