米朝首脳会談、「情報機関が調整役」の危うさ 国務省とCIAの立場が逆転する異例の事態に

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米国ではこれまでCIAなどの情報機関は国務省よりは格が下で、外交政策決定過程に関係する単なる一部門とみなされてきた。しかし、海外での活動を展開するCIAは、各国に派遣されている大使の支配下に入ることを嫌い独自の活動を進めてきた。その結果、国務省とCIAは仲が悪いことでも知られていた。

それが今回は立場が完全に逆転してしまったのである。1990年代初めに北朝鮮が核開発を公言して以来、北朝鮮の核・ミサイル問題は国務省が中心となって対応してきた。そして、北朝鮮に核施設の廃棄などを受け入れさせるとともに、見返りとして米国などがエネルギー支援などしてきた。結果的に国務省は北朝鮮の瀬戸際政策に繰り返しだまされてしまうという失敗の連続となった。

こうした経緯もあって、今回はトランプ大統領のお気に入りでもあるCIAのポンペオ氏が前面に出てきているのだろう。また、会談の中心テーマが北朝鮮の核兵器やミサイルの廃棄であることから、軍事技術的な専門的知識と詳細な情報が不可欠である。その点からも現段階ではさまざまな情報を集積しているCIAの方が北朝鮮にとっては手ごわい交渉相手となっている面もある。

外交には交渉技術や国際法の熟知が必要

しかし、問題がないわけではない。外交交渉には全面的勝利はない。相手から妥協や譲歩を引き出すためには、こちら側も譲るものがなければならない。そうした駆け引きの末に合意にたどり着くためには交渉技術が不可欠である。また、北朝鮮の核開発は核拡散防止条約(NPT)違反であり、国連安保理、あるいは国際原子力機関(IAEA)の査察なども絡んでくる。交渉ではこうした国際法の世界を熟知している必要もある。さらに何らかの合意文書を作るということになると、国際法にのっとった文言作成をしなければならない。

そもそも、相手が隠している情報を入手し、相手を徹底的に不利な立場に陥れることを目的とする情報組織と、利害が対立する国との緊張関係を緩和し戦争を回避するための合意を形成することが目的である外交組織は、その手法も目指す方向もかなり異なっている。

二人の首脳がそろって情報組織に頼って首脳会談の準備を進めている現段階は、まだ外交の出る幕ではないのかもしれない。しかし、会談の結果、核兵器やミサイルの全面的な廃棄という大きな方向性が打ち出されるようなことにでもなれば、それから先は情報組織での対応には限界が出てくるだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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