「マツダ地獄」を天国に転じさせた戦略の要諦 ダメだと思ったやり方を変え、思い切った

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だから思い切った。「走って楽しい」「幸せになれるクルマ」を目指すためにできないことは割り切って捨てた。時系列的には少し後の話になるが、マツダは「MPV」「プレマシー」「ビアンテ」という3列シートモデルを廃止して、「CX-8」に統一する。

それまで3列シートモデルに不可欠とされてきたスライドドアを諦めた。スライドドアはその構造上、ドア下のスライドレールが車両のメイン構造材と干渉し、どうしてもボディ剛性が出ない。「走って楽しい」というマツダのコンセプトを大事にしようと思えば、そこに矛盾が生じる。旧3モデルもそこを何とかしようとして頑張ってはいたが、いかんせん物理法則を超えることは不可能だった。

マツダ5チャネル化のキーモデルとなったのがカペラ後継のクロノス。クロノスのバリエーションが多数作られて各チャネルに配備された(写真:マツダ提供)

こうして車種指定で欲しいと思ってもらえるクルマ作りを行うのとあわせて多くの工夫を凝らしていく。まずは2年に1度行われていたマイナーチェンジの廃止だ。マイナーチェンジはメーカーの都合だ。「ほらここもここも新しくなったでしょ? 買い替えませんか?」 とユーザーの袖を引くために行われてきた。だから意図的にデザインをはっきりと変える。つまり変えることそのものが目的なのだ。

それを年次改良に改めた。開発が進み進歩した技術の差分を毎年投入していく。もちろんユーザーにとっては「あー、新技術が入って自分のクルマが旧型になった」とがっかりすることにはなるが、それはやむをえない。新しい技術ができているにもかかわらず投入しないのは不誠実だ。

ただ、目的はあくまでも技術進歩によるアップデートであって、目先を変えて購買意欲を刺激するためではない。これによってマイナーチェンジ前と後で査定額が大幅に変わることがなくなった。値落ちの段差を排除したのである。人は相場を見るときどうしても安値に注目する。だからマイナーチェンジによる査定額の急変を防げば、時間軸で商品価格が安定する。

きめ細かな戦術

そうして価格安定を図ったうえで、残価設定型クレジット「スカイプラン」の残価率を引き上げた。一部の車種を例外として3年後の残価率55%をマツダが保証したのである。さすがに他社を具体的に挙げて何パーセントとは書けないが、この数字は驚くべき高値である。

思い切った残価率が設定されたマツダの残価設定クレジット。この種の商品の常で走行距離などの枷はあるが、残存価値をメーカーが保証したことの意味は大きい(写真:マツダ提供)

ここが勝負どころだ。もしマーケットの査定がマツダのいう55%を下回れば、マツダは大損をする。しかし勇気を持ってこの価値を保証しなければ、相場は崩れる。何としてもこの勝負に勝たなくてはならない。

マツダは次々と手を打つ。まずはメンテナンスのパックメニューだ。

いくつかのタイプが用意されるが、基本的にタイヤ、ブレーキパッド、バッテリー、エアコンフィルター以外のすべての消耗品を含む定期点検と修理がメニューに入っており、購入後に余計な支出が必要ない。

つまり、ユーザーは経済的事情でメンテナンスを疎かにすることがなく、クルマのコンディションが維持される。これに加えて、年1回5万円(免責5000円)までの制限付きながら、車両保険を使わずにボディの板金修理を負担する無償特約保険「マツダ自動車保険スカイプラス」も用意した。

次ページベストの状態を維持できるように保険を用意した
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