上司の「なぜできない」はイジメと変わらない 能力不足を否定しても雰囲気が悪くなるだけ
Iさんは、「今までのように頑張れば、十分にやっていけるだけの能力はある」「チームにとって必要だ」と説得を試みますが、このメンバーは、「追加で時間をかけて指導されることが重荷だった」「このまま頑張り続けることはできない」と言ってきます。確かにIさんは、このメンバーの能力不足を感じて、他のメンバー以上に時間をかけて熱心に指導したつもりでしたが、本人にとってはそのことが「他の人より時間がかかる」「仕事の覚えが悪い」ということを突き付けられ、“能力不足を責められている”ように感じていたのです。
実際にIさんから指導されている場面でも、「なぜできない?」「なぜわからない?」と繰り返し言われることがあり、自分の覚えの悪さやできないことを責められているという感覚を強めていました。自分なりには頑張ったが、それでもようやく人並み程度ということから、「自分はこの仕事に向いていない」という結論に達したというのです。
結局このメンバーの退職を引き留めることはできませんでしたが、いろいろ心配になったIさんは、残ったメンバーにあらためて自分の指導の仕方をどう思っているかを尋ねてみました。
すると、退職したメンバーと同じように「能力不足を責められている」ように感じているメンバーが他にも数名いることがわかりました。やはり「なぜできない?」「なぜわからない?」と言われたり、他のメンバーと比較されたりすることが大きな原因です。また、メンバー同士の間でも、「できない人はアテにしない」など、能力不足と見たメンバーを排除するかのような雰囲気があることもわかりました。Iさんは決して意識的にそうしていたわけではありませんが、Iさんの接し方を見ていたメンバーに、いつの間にか能力不足を責めるかのような雰囲気が伝染してしまっていたのです。
このことをきっかけに、Iさんはメンバーへの接し方を考え直します。まず、責めるように聞こえてしまう言葉づかいを一切やめるようにしました。さらに「なぜできないか」ではなく、「どうやったらできるか」「どこまでならできるか」をメンバーと一緒に考えるようにしました。それぞれのメンバーの能力や個性を見て、それにできるだけ合うような業務分担など、チーム内での適材適所を心がけました。すると、徐々にメンバー同士がサポートし合う雰囲気が生まれ、チームとしてのまとまりが増してきたことを実感しています。
リーダーがすべきことは「相手目線での指導」
この例のリーダーIさんは、決して意識的にメンバーを責めていたわけではありませんが、熱心に指導しようという姿勢が、かえってメンバーの劣等感を刺激する結果となってしまいました。いくら熱心に教えたとしても、苦手なことをやり続けるのはやはり本人にとっては苦痛ですし、頑張ると言ってもムチを入れたような状態は長続きできるものではありません。
「苦手なことをできるようにする」「弱点を直す」といった指導は、教える側もついついきつい口調になりがちですが、そうやってできないことを責めても、それで急に能力が高まることはありません。仕事内容、量、難易度や時間などを調整しながら、メリハリをつけた指導が必要になります。