北朝鮮問題、日米の微妙だが深刻なすれ違い 会見で浮き彫りになった日米首脳会談の内実

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図らずも合意したはずの新しい協議の場について、二人が考えていることはまったく異なっていることが表面化した。したがって、協議開始後は議題や期限などを含め綱引きが展開されることは間違いないだろう。

会見中のトランプ大統領の振る舞いの変化も興味深かった。北朝鮮問題に言及するときは用意された紙を慎重に読み上げたが、貿易問題になると背筋を伸ばし記者団の方に顔を上げて、「TPP(環太平洋経済連携協定)に戻ることはない」「二国間の貿易協定のほうがいい」「米国の労働者にとってもそのほうがいい」などと、滔々とよどみなく得意の身振りを交えながら自説を展開した。ここでも安倍首相の主張は完全に無視されていた。

日米の首脳が記者会見の場で貿易問題について対立することは珍しくない。少し古い話だが1993年4月に行われた宮澤喜一首相とビル・クリントン大統領の共同記者会見でも火花が散った。まずクリントン大統領が「分野ごとに(貿易赤字解消のために)どういう合意を目指すべきかで、首相との間に食い違いが残っている」と発言した。すると宮澤首相が「日米両国の経済繁栄は深い経済的相互依存関係にも続いており、自由貿易の原則に基づいた協力の精神によってこの関係を慈(いつく)しまなければならない。管理貿易や一方的措置の脅しによっては実現しない」と言い切ってしまった。知的で争うことを嫌う政治家として知られる宮澤氏にしては珍しくとげとげしい物言いだった。

後日、この発言の背景を聞く機会があった。宮澤さんは「普通、会見では対立点は出さないものです。しかし、クリントン大統領がそれを破ったのですよ」と語った。自分の息子ほど年齢が離れたクリントン大統領の言動に我慢ができなかったため説教めいた物言いでクリントン大統領をいさめたのだった。

北朝鮮問題で、安倍首相は「すり合わせ」を強調

もう一つの大きなテーマである北朝鮮の核・ミサイル問題と予定されている米朝首脳会談についてのやり取りも、一見すると外務省が強調しているとおり、「両者の意見は完全に一致した」ようだ。しかし、子細に見るとそう単純ではなさそうだ。

そもそも今回の首相訪米は、トランプ大統領が突然、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との首脳会談に応じることを決断したため、慌てた安倍首相が要請して実現したものだった。安倍首相にしてみればトランプ大統領が何を言い出すか不安でならない。米国の安全だけを考えて、北朝鮮が示すICBM(大陸間弾道弾)の廃棄など中途半端な対応に満足して合意しかねない。それは日本にとっても安倍首相にとっても「悪夢」でしかない。あくまでも核兵器とミサイルの完全廃棄を求め、核兵器については「完全かつ検証可能で不可逆的な解体」(CVID、”complete, verifiable and irreversible denuclearization”)を求めるという基本方針を堅持してもらわなければならない。

安倍首相はこの目標を達成できたようで、記者会見でもCVIDで合意したことを明言し「非核化に向けて具体的行動を実際に実施するよう求めていくと、確固たる方針を改めて完全に共有した」と、くどいほど両国の一体感を強調していた。一方のトランプ大統領も安倍首相と同じトーンで語ったが、慎重に紙を読み上げるだけで、CVIDには言及しなかったあたりは少々気になった。

そんな中、安倍首相の発言に注目に値する部分があった。「私たちは(米朝首脳会談について)さまざまな展開を想定し、具体的かつ相当突っ込んだ形で、方針の綿密なすり合わせをした」という部分だ。安倍首相は同じ趣旨の発言を2度した。また、「北朝鮮に見返りを与えるべきではない。具体的な行動を実施するよう求めることを共有した」とも述べている。

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