南北会談が「包括的」にならざるをえない事情 韓国が北朝鮮に対してやれることは少ない

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かくして金委員長による新戦略の第1段階は成功した。しかし、経済面ではこれら一連の行動で状況を打開できるわけではない。新戦略の背景には、国連制裁が非常に強化され、しかも中国さえかつてない厳しい制裁措置を実施するようになり、北朝鮮経済への影響が避けられなくなってきたという事情があったが、国連制裁を緩和あるいは解除しなければ「経済協力」は得られない。

これが次の段階において解決しなければならない問題であり、そのためには米国との間で非核化問題を解決することが必要となる。

一方、韓国は北朝鮮の飛び込みを温かく受け止めた。また、米朝間の仲立ちを務めて首脳会談の合意に貢献した。

文大統領は就任以来、米国と中国の間で困難な舵取りを強いられてきた。高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)問題では双方から不快感を表明されたこともあった。しかし、今回の南北関係の進展は、一時的かもしれないが、東アジアの緊張を緩和させており、韓国外交は顕著な成果を上げたといえる。

来る金委員長との会談で、文大統領は「包括的かつ段階的な方法」で前進することを説くのであろう。それには①朝鮮半島の非核化、②平和定着、③南北関係の改善の3議題が含まれている。確かに包括的であるが、皮肉なことに、韓国としてできることは非常に限られている。「経済協力」は韓国が提供できる最大のお土産であるが、これが使えないことは前述したとおりである。

「非核化」の扱いが大きな問題に

今回の南北首脳会談は、米朝首脳会談とも関連しており、その関係で「非核化」の扱いが特に問題となるとの見方もある。

しかし、この点でも韓国が実質的に何らかの貢献をできるか疑問である。北朝鮮の非核化を実現できるのは米国だけだという事実は変わらないし、米国としては、韓国を無視することはできないが、北朝鮮との交渉をかき回されたくないという気持ちがある。トランプ政権発足以降においてもそのような気持ちが表明されたことがあった。

要は、米国が北朝鮮との交渉を行うにあたってどのような戦略で臨むかである。ポンペオCIA長官の平壌への派遣を見ると、米国はどの国とも事前には協議せず、一気に交渉の妥結を図ろうとすることもありうる。

そうなれば日本の拉致問題がどのように扱われるかも心配になるが、北朝鮮と同じ民族としての思い入れの強い韓国としては、日本以上に心配だろう。いずれにしても、文大統領が対米関係をどのようにさばくかが注目点である。

美根 慶樹 平和外交研究所代表

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みね よしき / Yoshiki Mine

1943年生まれ。東京大学卒業。外務省入省。ハーバード大学修士号(地域研究)。防衛庁国際担当参事官、在ユーゴスラビア(現在はセルビアとモンテネグロに分かれている)特命全権大使、地球環境問題担当大使、在軍縮代表部特命全権大使、アフガニスタン支援調整担当大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表を経て、東京大学教養学部非常勤講師、早稲田大学アジア研究機構客員教授、キヤノングローバル戦略研究所特別研究員などを歴任。

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