シリアで化学兵器が「容認」されつつある実態 なぜこんなに泥沼化してしまったのか

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一見複雑に見えるシリア内戦だが、周辺国の目下の関心は自国の安全保障への影響だ。少数民族クルド人の分離独立問題を抱えるトルコは、シリア北部のクルド人武装勢力の影響力が大きくなることを危惧し、1月にシリア北部のクルド人居住地域のアフリン周辺に軍事侵攻した。

アサド政権存続に伴うイランの影響力拡大を警戒するサウジは、反体制派を通じた軍事圧力という政策を事実上転換。ロシアとの関係強化を通じてシリアでのイランの影響力をそぐ外交工作に軸足を移している。

化学兵器使用はもはやレッドラインではない

一方、シリアと国境を接するイスラエルも、アサド政権崩壊に伴う混乱は望まず、宿敵イランや、交戦状態にあるヒズボラがシリアで軍事的に増強しないようシリアへの空爆を繰り返している。化学兵器使用疑惑後の9日にシリア中部ホムス郊外の軍事基地が空爆され、米国の「報復攻撃」との憶測も流れたが、イランやヒズボラに関連してイスラエル軍がレバノン領空から行ったミサイル攻撃だったことが判明した。

このように、シリアのアサド政権を崩壊させようと動く国際社会のプレーヤーは存在しない。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは、シリア内戦で塩素ガスを使った攻撃を含めて85回に及ぶ化学兵器の使用があったとしており、大半がアサド政権によるものとされている。アサド政権は、結束できない国際社会の足元を見透かし、化学兵器の使用はもはや「レッドライン」(越えてはならない一線)ではないと認識している可能性が高い。

イスラエル紙ハーレツは分析記事で、米国やイスラエルなどの情報機関は24時間態勢でシリア情勢を監視しており、使用された兵器の種類や、武器庫から運搬する車両の動き、爆弾を投下する戦闘機の飛行パターンを把握していると解説。将来的にアサド大統領が裁判にかけられるなら、(戦争犯罪の)証拠はすでに集められているものの、西側諸国やイスラエルがそれに対して行動を起こさなかったことも明白になるため、証拠は今後数十年にわたって公表されることはないだろうと指摘している。

なぜ、アサド政権は国際社会の強い非難を受ける化学兵器に頼るのか。核兵器に比べて開発が容易で製造費用も少ない化学兵器は「貧者の核兵器」と呼ばれる。被害者に多大の苦痛を与えるサリンなどの化学兵器は、反体制派やそれを支える市民の戦意を挫き、効果は絶大だ。ロシアやイランの軍事支援に依存するアサド政権にとっては、自前で調達できる効率的な兵器と位置付けられる。

アサド政権は化学兵器使用の疑惑が浮上した後の2013年9月、化学兵器禁止機関(OPCW)に保有化学兵器約1300トンの全量引き渡しに応じている。だが、その後もアサド政権が使用したとみられる化学兵器による被害が相次いでおり、サリンなどを隠匿していたか、再び製造能力を獲得した可能性がある。

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