欧州の事業証券化市場:08年上半期は、大型案件あるも新規発行は低調《スタンダード&プアーズの業界展望》

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アナリスト 大洞 聖子

 欧州では、公的規制下にある水道、空港、公的住宅といったインフラ事業を中心に、事業証券化の手法が定着している。インフラ事業者が将来のキャッシュフローを裏づけとして債券などを発行して資金調達する事業証券化の手法を多用する背景には、一定程度の格付けの水準を維持しつつ、買収や設備投資のためにできるだけ多くの資金を調達したいというニーズがある。

一方、日本での事業証券化は数えるほどしかなく、ソフトバンクによる旧ボーダフォン買収に伴う携帯電話事業の証券化、USENの子会社であるUCOMの光ファイバー事業の証券化やパチンコホール事業の証券化などが注目を集めた。その半面、水道などのインフラ事業で事業証券化が少ない。この理由は、インフラ事業を行っている主体の多くが国や地方自治体で、比較的有利に事業資金を調達できることに加え、事業が買収の対象となることも少なかったためである。

しかし、日本の国や自治体の債務比率は先進各国に比べて高く、そのリスクに対する認識は年々高まっている。財政健全化の動きのなかで、採算がとれるインフラ事業については、 証券化などによる資金調達を行うことにより、中長期的に公的セクターの債務負担を減らす動きが広がることが考えられる。スタンダード&プアーズでは、今後、日本でも事業証券化で資金調達する事業者が増えると考えて、欧州の事業証券化市場の手法や動向を、日本の市場関係者に紹介している。

欧州の上半期の事業証券化は方向感に欠ける

2008年上半期(1−6月)の欧州の事業証券化市場は、新規発行、既存案件のパフォーマンスとも方向感に乏しかった。明るい面では、インフラやパブなど、伝統的に事業証券化を行っている主要セクターで、新規発行があり、そのなかでもハイライトは欧州市場で過去最大となる英国の空港事業の証券化案件が公表されたことだった。また、欧州で事業証券化を行っているほとんどのサブセクターの金融保証を考慮する前の案件パフォーマンスは、良好な状況を維持した。

一方、市場は2つの面でプレッシャーを受けている。新規発行は、他の証券化資産クラスと同様に、クレジット市場の状況により停滞している。また、モノライン(金融保証会社)の格付け変動により、証券化対象事業のパフォーマンスが良好であるにもかかわらず、保証考慮後の格付けが変更された案件があった。スタンダード&プアーズでは、当面、こうした方向感のつかみにくい状況が続くと見ている。

過去最大の案件に格付けを付与

2008年8月、スタンダード&プアーズは世界最大の空港事業者である英国のBAAグループ向けに組成された89億ポンド(500億ポンドの多通貨プログラムの一部として発行)の証券化案件(BAA Funding Ltd.)に格付けを付与した。この案件は、事業証券化の分野では過去最大であり、多くの意味で象徴的な意味を持つだろう。1)仕組みの面では、債券と銀行ローンで担保を共有している、2)調達の面では、金額が大きく、今後長期にわたり資本市場からの調達を企図している、3)タイミングの面で、この枠組み、もしくは発行の成否は、短期的に事業証券化案件に対する投資意欲を左右する−−ためである。中期的にも、今回の信用収縮が始まる前に、多くのインフラ資産は、短期の銀行ローン資金をつけており、いずれ資本市場での借り換えを企図していたと見られることから、この発行は注目される。

この案件により、今年に入ってからの事業証券化案件の新規発行額は、すでに2007年の実績を上回っている。しかし、全体の発行件数は大幅に減少し、格付けを付与した案件は5案件にとどまった。このうち、インフラとパブを除けば、残りの2案件は保険リンク証券(ILS)のみである。

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