小学生が着る「標準服」の"標準"とは何なのか かつては「洋装における標準」を指していた

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その学生服の大量生産を担った地域の1つが、岡山の児島地域である。昭和10(1935)年には児島一帯で1000万着の学生服が生産された。1000万というのは、当時の全国の小学校児童数に匹敵する数量である。すなわち、全国の児童に行き渡るほどの学生服が製造されていたことになる。

大量生産された学生服は安価に販売されるようになった。これによって貧しい家庭にも手が届くようになったと考えられる。

「洋服の標準」を提示する役割は終わっている

標準服の在り方は、戦後から現代にかけての歴史的な経緯により、それぞれ学校や地域によって異なっている。そのため、1つの基準でその是非を論じることは難しい。

制服がある小学校、標準服を揃いで着る小学校、標準服の着用を家庭や生徒の任意とする小学校、私服の小学校など、全国を見渡せばさまざまな方針がある。

洋服が浸透した現代において、標準服は「洋服の標準」を提示する役割を終え、「小学生にふさわしい服装の標準」に意味を変えている。制服がふさわしいとする学校もあれば、私服がふさわしいという学校もある。何がふさわしいかという判断の結果が、各小学校の児童の服装への対応に表れているのだろう。そういう意味では、標準服は制服(服装統一)と私服(服装自由)のはざまに位置する、選択肢の1つといえるかもしれない。

たとえば、価格に対する判断1つをとっても、高い・安いは家庭によって異なり、相対的である。制服が高いと感じる家庭もあれば、制服よりも私服のほうがおカネがかかるという家庭もあるだろう。また、制服は愛校心や所属意識を育むという支持の声もあれば、子どもの表現の自由を奪うという反対論も根強い。服装に対する価値観は人によりさまざまであり、だからこそ簡単に合意をとれるものではないのである。

相反する意見衝突の「緩衝地帯」として、標準服の存在は利便性が高い。すべての家庭の合意がとれれば制服のようになるし、合意がとれなかったとしても着用の判断を家庭に任せればいい。

いずれにしろ、大切なことは、標準服の運用方針について、学校と家庭が十分に協議をすることだ。「小学生にふさわしい服装の標準」に、正しい1つの答えはない。泰明小の新しい標準服も、学校と家庭が議論を尽くしたうえでの結論ならば、児童にふさわしい服装の1つなのだろう。

泰明小の標準服を巡る騒動は、日本における制服文化を多くの人々が考えるきっかけになったのではないだろうか。船出こそ難航したが、今後、泰明小の新標準服が児童や学校にとって、どのような役割を果たしていくことになるのか、筆者は静かに見守っていこうと考えている。

難波 知子 お茶の水女子大学基幹研究院人文科学系准教授

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なんば ともこ / Tomoko Namba

1980年岡山県生まれ。お茶の水女子大学生活科学部卒業。同大学大学院博士前期課程(人文学専攻)修了。同大学院博士後期課程(比較社会文化学)修了、博士(学術)。2012年お茶の水女子大学助教を経て、2017年より現職。主な著作に、『学校制服の文化史—日本近代における女子生徒服装の変遷』(創元社、2012年)、『近代日本学校制服図録』(創元社、2016年)、「東京女子高等師範学校附属高等女学校の標準服」(『文化資源学』7号、2008年)などがある。

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