「モアイ像」のイースター島で起きた独立運動 先住民が怒っている2つのこと

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2014年には市長とそのチームが国連の常任理事会に対してイースター島の「非植民地化」を提案、2017年にはイースター島の自治権を訴えるラパヌイの女性が初めてチリの国政議会選挙に出馬するなど、デモ以外の動きも起きている。

また、11月には、ようやくチリ政府とラパヌイの間で国立公園を今後50年間は共同運営することが合意された。今後50年ではなく、永久にラパヌイに移譲すべきという意見も報道されているが、いずれにせよ、ラパヌイの人々が自分たちの文化遺産への権利をようやく手にすることができた大きな一歩ではある。

「観光の島」となったイースター島で、もう1つラパヌイの人が、怒りを感じていることがある。それは、観光客のモアイに対する扱いだ。

モアイを「立たせた」日本の会社

高さ1~10m、重さは最大で80tを超す巨大な石像、モアイ。島には実に1000に近いモアイ像がある。世界的に有名な遺跡だが、誰がどのようにして、そして何のために作られたのかいまだ謎に包まれている。作られた目的も諸説あるが、墓碑だとも島内に点在した部落の守り神だとも言われ、正確なことはわからない。

モアイは島の海に面したアフと呼ばれる祭壇に、多くの場合、海に背を向けて建てられているが、これだけの重量があるモアイを島内の石切場からどのようにして運ばれたのかも研究者が追い求める謎のひとつだ。モアイの建設は10世紀頃から始まり17世紀まで続いたと考えられているが、19世紀半ばには部族間の争いからすべてのモアイ像が倒されていた。

現在、見ることができる立ったモアイ像は考古学者や地元住民によって復元されたものだそうだ。その中でも朝日の昇るモアイとして観光客にも人気の高い島東部のアフ・トンガリキにあるモアイ像は、1960年のチリ沖大地震により倒壊したが、香川県高松市にある建機会社、タダノの協力により1996年に修復されている。その後も東日本大震災で被災した宮城県南三陸町にモアイ像がイースター島から贈られるなど、日本とイースター島との関係は深い。

「don't step on the moai」(モアイを踏まないで)。
観光の目玉であるモアイ像の前には決まってこう書かれている。

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