世界の麻薬王は誰もが名経営者かもしれない 世界を覆う「麻薬経済」の不都合な真実

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その代表例が供給面への偏りである。麻薬問題といえばきまって俎上にのぼるのが供給面(密売組織側)の取締りだ。メキシコ国境付近で麻薬カルテル同士の抗争が起きると検問所を封鎖しろと声があがる。だが著者はそうしたアプローチにはほとんど効果がないと断ずる。

たとえばアンデス地方ではコカインの原料となるコカの葉の供給を断つために、長年にわたって軽飛行機によって除草剤を散布してきた。しかし数十年間にわたる巨額の投資にもかかわらず、コカインの価格にはまったく影響がなかったのである。

本書はその理由を、ウォルマートを例にわかりやすく解説してみせる。ウォルマートが激安価格を実現できているのは仕入れ先が泣いているからで、これと同様にカルテルが価格を維持できているのは、コカの栽培農家にコストの増大分を吸収させているからだという。サプライ・チェーンの活用という点で、コロンビアの麻薬カルテルはウォルマートの天才的な手法を密かに学んだかのようだ。

コカ畑をいくら潰しても苦しむのは貧しい農民だけ

さらに言えば、コカの葉のコストが低すぎて、コカインの末端価格にほとんど影響を及ぼさないという点も見逃してはいけないポイントだ。たとえ栽培コストが倍になったとしても、悲しいことに最終価格は1%も上昇しない。アメリカのランド研究所によれば、国内でコカインの価格がもっとも急上昇するのは、中間ディーラーから売人にコカインが渡るときで、価格はキログラムあたり1万9500ドルからなんと7万8000ドルにまでハネ上がるという。

つまりコカ畑をいくら潰しても、貧しい農民がますます苦しむばかりで、組織はすぐに別の調達先を見つけてしまうのだ。実際にグアテマラやホンジュラス、エルサルバドルといった中米諸国は、麻薬ビジネスの拠点となっている。人件費が安く、政府の規制も甘いこれらの国々にメキシコのカルテルが生産拠点を移転させているのだ。事業活動を国外に移転するオフショアリングを麻薬業界もとっくに実践しているのである。

同じように国境の取り締まり強化もほとんど効果がない。メキシコからの密入国ビジネスには昔から「コヨーテ」と呼ばれる斡旋人たちが関わってきたが、アメリカ側が国境警備を強化したことによって、コヨーテは価格を大幅に吊り上げた。コストの増大は個人営業のコヨーテを廃業に追い込む一方で、一部のコヨーテたちがより巨大化し、犯罪集団化するのを促したという。

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