31歳「パソコン改造を極める男」が創る稼ぎ方 世界で優勝しても食べていけない道の活路

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ここで清水さんは凹まず、むしろ嬉しくなったそうだ。その日のうちに隣町のPCパーツショップにクルマを走らせ、店員さんにアドバイスをもらったうえで、同じ型番のパーツを購入。再びオーバークロックに挑戦したという。

「うまくいかないときって楽しいんですよ。なぜだろうって考えるから、普段気にしないところまで目がいくんです。すると新しい発見があって、じゃあ今度はこうやって試してみようかなってなるじゃないですか」

バス釣りでもドラムでもクルマでもそこは変わらなかった。原因を考えて仮説を立てて実践して、技術が足りなければ練習して、また試す。その繰り返しに身を置くと何よりも落ち着くし、みずからの能力を研ぎ澄ましている気持ちになれる。

すでにオーバークロックの虜になっていた。

かくしてドラムとオーバークロックの二足のわらじ生活は大学を卒業して1年ほど続くことになる。せめぎ合いはクルマのときより激しかったが、月に1度、埼玉のドラム学校に通うときに秋葉原に立ち寄るようになり、最新のパソコンパーツと触れあう中で、ウエイトはじわじわと後者に移っていった。

100倍返しするからプロになるまで面倒を見てくれ

とことんやるならそれ一本。行き着く先はプロだ。ならばもうオーバークロックのプロになるしかない。この道のプロが存在するのかどうかもよくわかっていなかったが、当時から世界でオーバークロック大会が開催されていることはわかっていた。根拠のない自信を胸にとにかく腹を決め、両親を説得する。

「プロを目指すのなら秋葉原に通えるところに住まないといけないし、1日中オーバークロックに没頭する環境を作らないといけない。働く時間もすべてオーバークロックに当てれば、プロになれる確率が上げられる。そう思って、100倍返しするからと、プロになるまで面倒を見てくれと頭を下げました」

息子の性格をよく知っていた両親は理解し、祖父母の防波堤にもなってくれると言ってくれた。父からは「お前は絶対にサラリーマンになれない。だから、自分の好きなことを極めて、それを仕事にしなさい」とも激励された。

横浜市に引っ越してきたのは2010年。24歳になっていた。

両親からは生活費に加え、パソコンパーツ代も面倒を見てもらった。パーツには個体差がある。同じ型番のCPUでも、引き上げられるクロックの限界はまちまちだ。大会で優勝したりクロック数の世界記録を出したりするなら、緻密なチューニングや臨機応変な判断力だけでなく、図抜けた伸びしろの個体が必要になる。大当たりは100個に1個あればいいという世界。4万~10万円するCPUで大当たりを狙えば軽く数百万円かかる。パーツ代は年間およそ1000万円に及んだ。

「普通だったら勘当されるくらいのことをしているのはわかっていました。それでも信じて応援してくれて本当に感謝しています。それだけの支援があるので絶対プロになると思いながら練習に明け暮れていました」

遠慮はしない。とても恵まれていることを自覚しつつ、目的のためなら存分に活用することをためらわないたちだ。年間1000万円分のパーツをオーバークロックに使い込むのは簡単なことではない。秋葉原にパーツを調達しに出向く以外は基本的に家にこもり、膨大なパーツを使ってオーバークロックの腕をひたすら磨いていった。

CPUを金属筒で囲って液体窒素を直接注ぎ込む。-196度まで冷やせる極冷の世界だ(撮影:村田 らむ)

BIOS画面で電圧を0.005V上げて挙動を調べ、別の項目を無効化してまた挙動を調べ。海外で文献を漁りながら、実機で試して、自らの勘を働かせてセオリーとは逆を試してみたりもし、とことん血肉にしていく。対象はCPUだけでなくグラフィックスチップにも広がり、冷却手法は-78.5度のドライアイスからより冷える-196度の液体窒素にシフトしていった。

次ページ大会に出て世界記録を出したが…
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