意外と知らない"認知症犯罪"の深刻な実態 65歳以上の受刑者で認知症は約1100人
近年ではあまり使われないが、かつてはピック病とも呼ばれていた。そして朝田特任教授が、こんな事案を明かす。
「一部上場企業の常務が、ペンチを持って文房具店に行き、鎖を切ってペンを盗んだことがありました。まじめな方で、生活に困っているわけでもない。しかも悪いことをしているとわかっているわけです。これは病的ですよね」
前出・林弁護士も、
「いい大人が欲しいから盗んだといったら、おかしいと疑わなければならない」
というFTD。朝田特任教授は“自制心の病”と話す。
「脳の前方に病変が目立つ。目と前頭葉が接している“眼窩面”という部位は、自制心をつかさどる部位なのですが、ここが破壊されることで、このようなことが起こると考えられます」
3人が死亡した放火事件では
昨年10月、愛媛県松山市の女性被告(当時66)の万引き裁判でもFTDの影響が認められた。2009年2月、神奈川県茅ケ崎市の市職員の男性(当時59)が万引きで逮捕されたとして懲戒免職処分となった(不起訴処分)。だが、FTDの影響があったことが認められ処分が撤回された。
ところが事件は、万引きだけにとどまらない。
2004年12月、埼玉県さいたま市で起きたディスカウントショップ『ドン・キホーテ』の放火事件。店員3人が死亡し、8人が負傷した。
当時47歳だった女性被告は二審の東京高裁で、精神鑑定で脳の萎縮が認められ、FTDの可能性が疑われた。
しかし東京高裁は、70~80代の高齢者と同程度の判断能力はあったとし、一審判決同様の無期懲役を言い渡した。2008年11月、最高裁は被告の上告を棄却。無期懲役が確定した。前出・林弁護士は、
「3人が亡くなっているので、量刑については難しい事案です。死刑であってもおかしくないことを考えると、無期懲役という部分で考慮されたのかもしれません」
認知症の診断は脳画像検査などで行うが、
「脳画像は、病気の存在と病気の程度を知らせるものです。それを踏まえ、犯行時の動き、動機、捕まった時の様子、普段の生活などを総合的に判断して、責任能力の有無は判断されるものです」(林弁護士)
万引き以外の犯罪にFTDが疑われるケースについても、
「FTDは衝動を制御する機能が低下することもそうですが、倫理観や道徳観なども初期の段階で低下するとされています。人によってさまざまですがFTDはこだわりや執着なども強く出る。窃盗以外の犯罪に結びつくことも十分に考えられます」(林弁護士)