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タカラヅカ、100年続く華麗さに秘められた姿 年功序列とスターシステムを両立できた理由

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なぜ「スターシステム」について明言されていないのか? それは、タカラヅカは壮大な「学校」でもあるからだ。宝塚歌劇団には「宝塚音楽学校」で学んだ生徒だけが入団できるが、音楽学校を卒業して劇団に入ってからも「生徒」と呼ばれ続ける。入団してからの年次も「研究科1年、2年……」(通称「研1、研2……」)と数えられ、同期の絆は固い。そもそも公演を行う基本単位は「組」だし、お稽古場は「教室」と呼ばれている。タカラヅカには、そこが「学校」であることを象徴する用語にも満ちあふれている。ちなみに10年に1度「運動会」も開催されており、組対抗で激闘が繰り広げられる。

「学校」だから全員が平等な教育の機会を得られなければならないし、特定の生徒が特別扱いされるようなこともあってはならない。実態はどうあれ、そんな建前主義もあちこちで見られる。「生徒個人の公式ファンクラブは存在しない」ことなどはその典型だ(実際には私設ファンクラブが存在している)。

「学校」だから、偉いのは「スター」ではなく「上級生」だ。「目上の人を敬う」というのは誰もが納得する美風である。トップスターといえども舞台を下りれば上級生を敬わねばならないから、天狗になることはできない。

「学校システム」の年功序列が成果主義を支える?

学校ならではの平等主義と、スターシステムに見られる熾烈な競争。「平等」と「競争」という真逆の価値観が見事に両立している摩訶不思議な世界がタカラヅカなのだ。もっというと「学校システム」は一見身も蓋もない「スターシステム」がよりうまく回るための後押しになっている側面さえある。

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「学校システム」自体は商業主義に対するアンチテーゼであり、それゆえにタカラヅカの「生徒」はタレントとして消費し尽くすのではなく、「育てる」対象である。だが、その前提のおかげであまりギスギスすることなく、ファンも「スターシステム」の中での育成ゲームを楽しむことができる。

こうして「学校システム」のおかげで「スターシステム」が長持ちするというタカラヅカ独自のビジネスモデルが確立している。いわば商業主義の否定が商業主義の後押しになっているという、矛盾した状況が起こっている。

宝塚歌劇の創始者・小林一三を起点にする「学校システム」の伝統と、観客側のニーズを基に発展してきた「スターシステム」、この併存状態は誰かが意図的に作ったというよりは、100年の歴史の積み重ねの中でおのずと確立してきた構造である。だが、この状態がいまやタカラヅカ最大の強みになっているのだ。

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