田中角栄×周恩来「尖閣密約」はあったのか 日中問題は45年前の智慧に学べ

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しかし、最後の最後になって田中首相より尖閣諸島の領有権問題が出た。尖閣諸島は日中どちらの領土なのか。領有権を主張し合えば、国交正常化交渉は暗礁に乗り上げ、まとまらないだろう。

このとき周首相が、「これ(尖閣問題)を言い出したら、双方とも言うことがいっぱいあって、首脳会談はとてもじゃないが終わりませんよ。だから今回はこれは触れないでおきましょう」と言うと、田中首相も「それはそうだ。じゃ、これは別の機会に」と応じ、交渉はすべて終わり日中共同声明が実現したといわれている〔横浜市立大学名誉教授の矢吹晋(すすむ)氏による〕。

では、日中の国交正常化は、本当に「棚上げ」によって実現したのであろうか。外務省は「棚上げ」はなかったとしている。外交文書の残っていない国家間の「合意」はありえない。岸田文雄前外相も「わが国の外交記録を見るかぎり、そういった事実はない」と発言した。私も大使時代には、ずっとこの外務省の公式見解に基づいて発言してきた。だが、真実はどうであったのか。

事実を語りはじめた証言者たち

元官房長官の野中広務氏は2013年の訪中の際に、「双方で棚上げして、そのまま波静かにやっていく」ことで合意が結ばれたと、田中角栄元総理から直接聞いた話として語った。野中氏は当事を知る「生き証人」の責任として真実を語ったのだと述べている。

また、2014年の年末から翌2015年正月にかけて、英国政府の情報公開によって、1982年、鈴木善幸(1911~2004年)首相(当時)がマーガレット・サッチャー(1925~2013年)首相(当時)との会談で、尖閣諸島の領有権に関し、日本と中国の間に「現状維持する合意」があることを明かしたという報道があった。

中国外務省のホームページには、鈴木善幸元首相は首相になる前の1979年に訪中し、鄧小平(1904~1997年)副総理(当時)と会談、席上、鄧副総理は「尖閣の将来は未来の世代に委ねることができる」と尖閣問題の「棚上げ」を踏襲し、「領土の主権にかかわらない状況下であれば、釣魚島(魚釣島)付近の資源の共同開発を考慮することができる」と海域の共同開発を提案したという記事が載っている。

また、横浜市立大学名誉教授の矢吹晋氏によれば、大平正芳(1910~1980年)元総理の追悼文集『去華就実 聞き書き大平正芳』(大平正芳記念財団編、2000年)には、外務省で当時、日中国交正常化を担当した中国課長の橋本恕(ひろし)氏の対談「橋本恕氏(元大平外相時代の中国課長)に聞く日中国交正常化交渉 聞き手・清水幹夫」が載っており、その中で前述の周恩来首相が提案した尖閣問題の「棚上げ」に対し、「それはそうだ」と田中角栄首相が応じたという一文が記されていたという。

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