日本人が知らない「プロジェクト・ゼロ」社会 英国人ジャーナリストが描く「資本主義」以後

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新たなテクノロジーと古い形のままの社会にずれが生じる可能性があるが、テクノロジーを中心に、社会自体が単純に変わっていくだろう、とエコノミストは推測した。社会が適応することは過去にもあったので、彼らの楽観論には正当性があった。だが現在、その適応のプロセスが失速している。

情報は従来のどのテクノロジーとも違っている。その自然発生的な傾向が、市場を消滅させ、財産を破壊し、労働と賃金の関係を崩壊させかねない。私たちが乗り越えようとしている危機にはこうした背景がある。

ユートピアの実現は可能だ

こうした現状で重要となるのが歴史の知識である。これには読者が考える以上に強い力がある。

新自由主義では、自由市場が最終的なものであり、永久に続くと信じられてきた。そして、「自分たちの前にうまくいかなかった物事」として、過去の人類の歴史全体を書き換えようと試みた。だが、資本主義の歴史について考えてみてほしい。混沌の中で発生した数々の出来事のうち、周期的に起こるパターンの一部はどれだろう、後戻りできない変化はどれだろう、という疑問が湧いてくるに違いない。

『ポストキャピタリズム』の目的は、将来の枠組みを設計することだが、これはユートピア的な夢だろうか。

19世紀半ばにユートピアを掲げた社会主義のコミュニティは失敗した。なぜなら、経済やテクノロジー、人的資本の水準が十分発達していなかったからだ。情報技術があれば、ユートピア的社会主義のプロジェクトの大半が可能となる。たとえば、協同組合や共同体、そして人間の自由の新しい定義となる「解放された行動」が突然現れて広まることなどである。

いや、ユートピアを夢見るのは、庶民の生活から切り離された世界に住むエリート層のほうだ。彼らは19世紀の千年王国主義の宗派と同じようにユートピア的に見える。機動隊、汚職政治家、権力者に支配された新聞、監視国家から成る民主主義は、30年前の東ドイツのように、見せかけだけのもろいものだ。

人類の歴史をすべてひもとくと、崩壊の可能性を認めざるをえなくなる。大衆文化は崩壊に取りつかれているからだ。ゾンビ映画やパニック映画、具体的には映画『ザ・ロード』や『エリジウム』の黙示録後の荒れ果てた地を見て、私たちは崩壊で頭がいっぱいになるのだ。そうではなく、知的生物である人類が、理想的な生活や完璧な社会を、なぜ頭に描かないのだろうか。

それは、多くの人が理想の世界に決して住むことはできないだろうと夢をあきらめてしまったからだ。

人々はそのことに気づき始めた。私たちがそれぞれ別々の夢を数多く見るだけでは前に進まない。それ以上のことが必要だ。理由と証拠と検証可能な設計に基づいた首尾一貫したプロジェクトがなくてはならない。これは、経済の歴史の断片から学び、地球の未来という観点から取り組む持続可能なプロジェクトである。

私たちはこのやるべきことを進めていかなくてはならないのだ。

(訳:佐々 とも)

ポール・メイソン 元BBCキャスター、ジャーナリスト

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Paul Mason

英国のジャーナリスト兼ブロードキャスター。優れたジャーナリストに贈られる「ウィンコット賞」など数々の賞を受賞。英TV局チャンネル4の経済担当編集者を経てフリーランスに転身した。

主な著書にMeltdown: The End of the Age of GreedWhy It’s Kicking Off Everywhere: The New Global Revolutionsほか多数。ガーディアン紙やニュー・ステーツマン誌などにも執筆している。

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