なぜ祖国パキスタンがマララさんを憎むのか ノーベル賞を受賞した偉人が反感を買う理由
それでも彼女は「国民的ヒーロー」ではない。ノーベル平和賞受賞が決まった1カ月後の14年11月にはパキスタン私立学校協会が、なんと「わたしはマララではない」デーを設けると発表し、彼女の自伝『わたしはマララ』を発禁処分にすべきだと呼び掛けた。
今年5月には、マララの地元であるスワト地区選出のある議員が、彼女の襲撃事件は「やらせ」だったと発言。パキスタン政府も、あえて否定はしていない。世界中でベストセラーとなった彼女の自伝も、パキスタン国内では決して「飛ぶように売れて」はいない(一部書店はタリバンや地元警察からの圧力で販売を拒んでいる)。
陰謀説の背後にあるもの
マララへの反感をあおっているのは、この国にはびこる陰謀説だ。テレビにも宗教家の説教にも学校の教科書にも陰謀説があふれている(ある地元ジャーナリストに言わせれば、陰謀説はパキスタンで唯一の「成長ビジネス」だ)。
陰謀説の最大の供給者にして消費者でもあるのが、保守的で反米感情の強い中産階級。ただし政界のエリートやパキスタン系アメリカ人の一部にも、それを信じる人はいる。
現地の人が陰謀説を信じたくなる背景には、今のマララが暮らす西洋(キリスト教圏)に対する根強い不信感がある。しかも欧米のスパイがパキスタンで暗躍しているという疑念には、それなりの根拠がある。
例えばCIAはかつて、ウサマ・ビンラディンの居場所を突き止めるためにパキスタン人医師シャキール・アフリディを抱き込み、偽の予防接種キャンペーンを実施した。そんな事実が知られている以上、欧米諸国は自己の利益のためにマララを利用していると、多くのパキスタン人が信じるのも無理はない。
13年にマララの家族がアメリカの大手PR会社エデルマンと契約し、マララのメディア露出を管理させているという報道も、パキスタン人の疑念を高めることになった。
マララと教育者の父ジアウディンが掲げる主張も、現地から見れば欧米べったりに見える。保守的で宗教心の強いパキスタンにあって、ジアウディンは左派で世俗政党のアワミ民族党を一貫して支持してきた。
そしてマララがタリバンに撃たれる前から、父娘は女子教育の必要性を訴えてきた。マララは匿名で英BBCのサイトにブログを書き、米ニューヨーク・タイムズ紙の取材にも応じていた。
マララとジアウディンが発信するメッセージの中核をなす主張――タリバンへの反対と、少女に教育機会を提供することの重要性――は、欧米でも国内でも多くの人の共感を呼んだ。しかしパキスタンのように保守的で男性優位の社会では、そうした主張を煙たがる人も多い。
マララに対する反感の多くは根拠なき妄想の産物だろうが、その根っこにはパキスタン社会の醜い、そして基本的な真実がある。この伝統的な社会には貧困脱出の機会がなく、厳しい階級格差があるということだ。