プロ野球選手を陰で支えるバット職人の真実 12球団130人の製作を手がけた男が語る
何度も、失敗してしまう。バットの形にならず「これじゃあ、擂り粉木(すりこぎ)だな」と言われたこともありましたし、貴重な材料を廃材にしてしまうことに、自分自身で感じる焦りもありました。そんな失敗ばかりの自分に対し、先輩方は「目で見ろ。失敗すればいい」と励まし続けてくれました。結果に対して、自分で考えて、失敗を繰り返しながら、微調整を続けて近づいていくしかない。自然相手にマニュアルはないんだ、と。ようやく一人前のものができるまで、何年も年を越さなければなりませんでした。
最高の職人は、最高の聞き手である
熊谷氏:ただ不思議と、あきらめることは考えませんでした。大好きだった野球の世界に携わり続けられることが、なにより嬉しかったんだと思います。そうして、失敗を重ねながら、徐々に先輩方に認められるようになって、30歳手前で“バット職人”として、プロ野球選手のバットを請け負うようになりました。
最初は、選手の要望をどう聞き出せばいいか。選手との体当たりのコミュニケーションでした。「あらかじめこの内容を聞いておけば、二度削る必要はなかった」など、聞き方、接し方に対する反省は、仕事をするたびに重なっていき、そのたびに次に活かそうとしていました。
実は、今でもバットづくりに対する課題意識は持ち続けています。一人ひとり選手の要望は違いますし、同じ選手でも複数の型を持っていて、相手投手によってバットを使い分ける方もいますし、疲れたら軽いもの、など要望はさまざまです。弊社には球団ごとに専門の担当者がいますので、彼らと協力してコミュニケーションを密にとっています。
靴の職人さんで、その選手の足の故障をすぐに見極めて、その故障を直してしまう人がいます。選手一人ひとりのバッティングを見て、課題を解決する道具をつくることができる。それが目指すべき道なのかはわかりませんが、少なくとも、選手とのそうした信頼関係が築ける職人でありたいですね。