ベトナム原発計画中止で無視される「民意」 史上最悪の海洋汚染事件と重なる「構図」

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ただし、フォルモサ社からの5億ドル支払いは被害者が訴訟を起こし、裁判で被害総額が算定された結果ではない。罰金として国庫に納められるもので、企業から直接漁民に手渡される損害賠償とは性格を異にする。

実際にはハティン省の漁師を中心に集団訴訟は起こされている。だが、すべて却下され続け、その傍らでフォルモサ社と国が協議して一方的に提示された賠償責任。つまりは、ベトナム進出を狙う外国企業と海外からの投資を望む国側との、住民不在のまま行われた“手打ち”でしかない。

原発計画の中止と構図は同じだ。環境意識が高まる民意によって、事態が大きく動いたとするのは、いささかロマンチシズムがすぎるだろう。

「魚」か「製鉄所」か

今年4月、魚の大量死発生から1周年の節目に、中部の諸都市でフォルモサ社に対する抗議活動が行われた。デモや集会の参加者は、今なお被害が収まらない環境汚染への責任と賠償を訴え続けている。

そもそも市民の一連の抗議活動に火をつけたのは、発覚してすぐのフォルモサ社側責任者による

「魚やエビか、それとも製鉄所か。ベトナムはどちらかを選ばなければならない」

との発言だった。当然市民は「魚を選ぶ」と反発。製鉄所=経済発展ではなく、魚=自然環境を守るべきとネットを中心に反フォルモサ運動は拡大した。

ドンイェン村では15歳以上の住民すべてが、フォルモサ社の賠償責任を問う訴訟に参加している。そこでは国とフォルモサ社の“手打ち”にはない「工場の操業停止」と「海を美しい状態に戻せ」との項目が入っている。

しかし、現状では国はこれらに耳を傾けることなく、ドンイェン村の漁民の一部にはいまだ賠償金が支払われない者も多い。それどころか住民は強制立ち退きが迫られ、広がる廃墟のような風景。その隣ではすでにフォルモサ社の製鉄所は試運転を開始し、6月に操業が始まったと伝えられる。

試運転が開始されたフォルモサ製鉄所は、夜通し明かりに包まれていた

少なくともドンイェン村の姿を見ていると、先の「魚か製鉄所か」の問いに、どうにもならない答えが下されているように思える。国家と指導者は民意とは別にとっくに「製鉄所」を選んだ、のである。

キリスト教徒の村ドンイェン。打ち壊された住居の間に墓地があった

(写真:すべて著者撮影)

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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