貧困シングル母「善意の若者」に浴びせた洗礼 グローバル都市NYの「貧困のリアル」
「あたしに言うかね」とシルヴィア。「この街じゃ、おカネは金庫にでもしまって鍵かけとかないとダメ。誰ぞが毎日毎秒手を伸ばしてあんたのおカネをふんだくる。自分でおカネ持ってて、でもあんたのおカネもふんだくってやるって。で、あたしはいっつももうちょっとたかってやろうって頑張ってる。子守りに掃除にお手伝いにって。もちろんみんなこっそりやってる。だからあたしも立派に犯罪者だね。生活保護を取り上げられないように。男住ませたら犯罪だってのもそう!」
「すみません」とベッツィ。
「謝ってんじゃないよかわいこちゃん。そういうもんだってだけ」
今日のところはここまでだと思い、ぼくはみんなに、ありがとう、さよならって頃合いだよと促した。もうマイケルもベッツィもカーターも絶対に連絡してこないだろう、間違いない、そう思った。ぼくがやったことといったら彼らの夢と希望をぶっ潰した、それだけだ。たぶん百害あって一利もなかっただろう。
慈善団体のコンサルティングをやって大儲け、ぼくのそんな夢は目の前で消えてなくなった。アメリカのエリートたちがアングラ市場でやらかしてる営みを研究する、なんて望みもだ。
グローバル都市のてっぺんとどん底
でも何カ月か経って、3人は戻ってきた。シルヴィアと会って震え上がってしまった、彼らはそう白状した。自分たちがニューヨークを遊び場みたいに思ってたのが恥ずかしい。もちろんシルヴィアももうちょっと頑張れるはずだけど、云々。
ぼくは彼らそれぞれと仕事を始めた。だいたいは、彼らの慈善団体が行き当たった具体的な問題について助言をするって形だ。成功や失敗をどう判定するか、家族が生活を立て直すのにどれぐらいの間後押しが必要か。彼らのおカネのいちばんいい遣い方はなにか――教育? 健康? 刑事司法制度の改革?
彼らを実地でシカゴへも連れて行った。貧しい家庭をたくさん紹介して、それからそんな貧しい家庭を手助けする組織にも連れて行った。だいたいは有意義な訪問だったけれど、3人のものの見方に食ってかかるシルヴィアみたいな人もたくさんいた。
そんなこんなと3人が格闘するのを見ているととても胸が熱くなった。彼らは全身全霊、自分の信念を丸ごと懸けている。そんな彼らを、ぼくも認めないわけにはいかなかった。
でも心のどこかで、あんたはなんの仕事をしてるんだとベッツィを怒鳴りつけるシルヴィアの声が忘れられなかった。皮肉が突き刺さっていた。シルヴィアは仕事が手に入らず、ベッツィは仕事がいらない。シルヴィアもベッツィも文字どおりの意味では仕事をしていない。実は2人にはおんなじところがあるってことだ!
彼女たち2人とそれぞれが代表する2つのグループを比較し、対照すれば、それでこそグローバルな都市のてっぺんとどん底という2つの世界の関係なんて、これまで顧みられなかった分野を、新しい切り口で描けるのじゃないだろうか。
だから次に会ったときに、上流階級の世界に住む「部族」を研究したいというアイデアを、半分冗談で口にしてみた。彼らは笑って、いつでも来たいときに一緒に来てくれればいいと言う。
「約束だからね」。ぼくはそう返した。
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