「合理化計画に表れる経営者の『本音と建前』」 リチャード・カッツ
全日空のホテルチェーン 売却の戦略的な意味
最近、全日本空輸(ANA)が13のホテルを2800億円でモルガン・スタンレー証券に売却した。この取引が同証券にとって有利であったかどうかは不明だが、ANAにとっては間違いなく意味のある取引だった。ANAのホテル部門は2005年度に営業赤字を計上した。06年上半期には黒字復帰したものの、ANAがJALを追い越せる絶好の機会をとらえるうえで足かせになっているように思われた。この売却は経営不振に陥った企業が資産処分をする類いのものではない。健全な企業が経営資源を活用するために重要な事業部門を犠牲にし、戦略的な手を打ったのである。5年前なら、こうした取引は想像すらできなかった。
私は、最近、血圧測定器から自動検査機器に至る広範な製品を生産し、さらにまったく異質のケータリングサービス事業や子会社を通して保険事業も経営している電気機器メーカーの、戦略担当役員に会う機会があった。数年前、同社は多角化路線を継続しないという決定を行った。同氏は、そう決断した原動力は国際化にあると説明してくれた。同社の株式の40%は外国人投資家に保有され、安定株主はわずか25%にすぎない。同社の資本関係の基盤は脆弱で、将来、乗っ取りの対象になるかもしれない。そのうえ高齢化で国内の売り上げが頭打ちになっている。10年前、同社の海外売り上げ比率は3分の1にすぎなかったが、現在は40%を超え、数年以内に50%に達すると予想されている。競争激化で同社は事業のスリム化以外に選択の余地はなくなっていたのだ。
同社は、投下資本利益率が6・5%未満で、改善の見通しの立たない事業を売却することを決めた。電気機器の幾つかの部門とケータリングサービス部門が切り捨てられた。その範囲は過去数年で全従業員の15%が従事する製品と事業部門に及んだ。売却対象となった事業の管理職たちはMBOをすることが認められた。この結果、分離・独立した会社の収益力は格段に向上した。
同社の場合は計画が実行に移されたが、同氏に他の大企業について聞くと、彼は「合理化計画の3分の2は“建前”で、“本音”はせいぜい3分の1にすぎない」と答えた。また同氏は、「改革を進めている企業は国際競争にさらされている企業か、外人持ち株比率が高い企業か、経営者が若い企業だけ」とも語っていた。
また数千の製品を生産している別の大企業の経営者も、収益性の基準を満たすことのできない部門を整理する手続きについて説明してくれた。同氏は、多くの事業部門と製品を削減したと語っていた。しかし、現在の製品数が5年前と比べ、どれだけ減ったかについて質問すると、同氏は資料さえ持っていなかった。おそらく同社の経営は正しい方向に進んでいるのだろう。しかし、私は、変化のペースについては疑問を抱かざるをえなかった。
最近、経営が正しい方向に進んでいる企業は多い。ただ企業が必要とされる効率性と成長を触発するような十分な変化を達成しているかどうかは、まだわからない。
(C)Project Syndicate
リチャード・カッツ
The Oriental Economist Report 編集長。ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ等にも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。当コラムへのご意見は英語でrbkatz@orientaleconomist.comまで。
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