東京の「土木地形散歩」は最高におもしろい

現在の東京の骨格は江戸時代のインフラだ

北河:最終防衛ラインですね。ペリー艦隊に対抗するためにつくったわけですが、二度目の来航のとき、もし一発でも砲撃する事態になっていたら、歴史がかなり変わっていたでしょうね。

皆川:開戦する前に友好条約が締結されましたからね。実戦の役には立たなかった代わり、倒幕・明治維新という歴史の流れをつくったともいえます。

陣内:ところで、台場の石垣も江戸城の石垣と同じように積み方が本当に美しい。

北河:四隅は算木(さんぎ) 積みにして、その間は江戸城と同じく布(ぬ の)積みあり、乱(らん)積みありですね。

陣内:その上に松が生えた土手があって、日本的美学というか非常に存在感がある。

皆川:江戸時代の土木遺構を間近に見られるなんて、東京は贅沢ですね。

御茶の水―アーチ橋が立つのは関東ローム層のおかげ

江戸の神田川開削工事、明治の鉄道敷設、戦前の震災復興で昭和2年につくられた聖橋と、昭和29年に池袋~御茶ノ水駅間で開通した、地下鉄丸ノ内線。江戸から現代までの土木技術が積み重なる場所である。2007年撮影(撮影:大村拓也)

陣内:1980年頃、初めて東京の水路を船で回ったんですが、喜多川周之(ちかし)さんという有名な歴史研究家が説明してくれた。彼によると、昔は水道橋駅から御茶ノ水駅にかけての神田川沿いで、子どもたちがターザンごっこをやっていたと(笑)。それぐらい法面が急勾配で、樹木もいまみたいに密集して生えていなかった。

皆川:川に飛び込みたくなるような、牧歌的な風景があったのでしょうね。

陣内:注意するのに追いかけてくる警官から逃げる途中、川に転がり落ちた子もいたと言っていました(笑)。

皆川:渓谷状のこの地が仙台堀と呼ばれるのは、仙台伊達藩による土木工事だったから。地形図からも本郷台地を開削して通水したのが一目瞭然です。

北河:台地部分を避けるように堀を通せば工事も楽なのに、もっとも大変なところをむりやり通している。

陣内:洪水を防ぐために、できるだけまっすぐ隅田川につなげたいという思いがあったんでしょうか。

皆川:江戸城にもっとも近い本郷台地に敵陣が構えられるのを避ける意味もあったのでしょう。

北河:洪水除けと外濠の機能、この二つの目的が神田川にあった。それに加えて軍事的な意味もあったかもしれない、ということですね。

陣内:まあ、そうでしょうね。

次ページ下の主構造が踏ん張り、上に道が走っている聖橋
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