東芝の半導体、買収先に塞がるサムスンの壁 日の丸半導体の地位も大きく低下しかねない

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さらに2017年にサムスンの投資額は前年比11%増の125億ドル(約1.39兆円)が見込まれており、いずれも同3%増の東芝・WDとの投資規模の差はさらに開く見通し。この現在の設備投資の格差は、将来の生産力に直結し、生産力の拡大は基本的に市場シェア拡大に繋がる。東芝メモリは新しい出資者の下で、早急に設備投資を加速させない限りは、サムスンよりも高い成長を遂げシェアを縮めることができないのだ。

東芝の半導体子会社売却が長期化すれば、買い手にとっても失うものが大きい(写真は車載用半導体、撮影:尾形 文繁)

研究開発投資も重要だ。サムスンは今、3次元NANDと呼ばれる大容量製品の量産化で東芝に先行している。研究開発投資は企業によって算出基準が異なるため、設備投資のような単純比較は難しいが、東芝は技術開発への投資も現状より大幅に拡大させる必要がある。

東芝はこういった成長投資の規模は、年間約4000億円程度が望ましいと概算しているようだ。東芝メモリの売却は、巨額の買収額を出せるとともに、この規模の投資を買収後早期に行い、しかも継続していける財務力や資金調達力がある相手に行わなくてはならない。

サムスンの半導体事業部門は本誌の取材に対し、「グローバル企業との継続的な技術協力を通し、サーバーのような法人市場で高性能SSDの採用を持続的に拡大していく」という意向を明らかにしている。サムスンは具体的な企業名を明らかにしていないが、韓国の英字日刊紙コリア・タイムスは2015年5月、サムスンが米グーグルと3次元NANDを使ったSSDの供給で提携を結んだと伝えている。

サムスンが豊富なキャッシュを設備と開発に投じ、顧客との提携関係も着々と構築している中、東芝メモリには長期間をかけて売却交渉を行う余裕はない。WDの仲裁裁への申し立てによって、「売却手続きが数カ月の単位で長期化する」(売却に関わる金融関係者)という見方があるが、それはその間、成長投資が停滞し続けることを意味する。そうなった場合に最大の利を得るのは、タフネゴシエーターの買い手企業ではなく、サムスンだろう。

半導体市場から退出する日本

世界ではNANDフラッシュだけでなく、半導体産業全体がしばらくぶりの活気のさなかにある。たとえばAI用プロセッサーの開発は半導体産業における大きな投資テーマ。日本でも富士通が開発を進めているが、その動向は同様にAIプロセッサーを手がける米エヌビディアや米インテルほどには注目されていない。

日本の半導体メーカーは1980年代後半に世界市場の半分を握ったが、その後約30年間にわたり継続的にシェアと勢いを失い、今や世界の産業界における存在感をほとんど失っている。東芝メモリは数少ない生き残りだったが、それを買収しようという日本企業は存在しないばかりか、売却プロセスの展開次第ではその地位は大きく低下しかねない。

杉本 りうこ フリージャーナリスト

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すぎもと りうこ / Ryuko Sugimoto

兵庫県神戸市出身。北海道新聞社記者を経て中国に留学。その後、東洋経済新報社、ダイヤモンド社、NewsPicksを経て2023年12月に独立。

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