シリア化学兵器攻撃で突入した無秩序な世界 化学兵器禁止条約は無意味なのか

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化学兵器の使用は決して新たな戦術ではない。大英帝国は1920年代と1930年代にイラクの村々に対して毒ガスを使用したし、ムッソリーニ統制下のイタリアもまた、現在のエチオピアであるアビシニアへの侵攻の際に使用した。サダム・フセインはハラブジャの町のあたりでクルド人一般市民にサリンガスを使用して、推定数千人を殺害し、自身の残忍な評判を確たるものとした。

今回のケースでは、多くのことが用意周到な不明瞭性の中に包み隠されているが、これは外部の反応や報復を最小限にすることを目的としている可能性が高い。西側諸国の政府、また、独立した監視機関も、シリア空軍による用意周到な攻撃こそが確固たる証拠だとしているが、アサド政権の同盟国であるロシアは、化学物質は政府の爆撃によって反乱軍の兵器施設から偶然放出されたと述べている。

ひょっとしたらそういうこともあるかもしれない。しかし、今までのところ、ほとんどの証拠はその逆を示している。道路や平原に弾薬が散らばっている画像はどこにも見当たらない。武装グループはこうした兵器の製造を定期的に企ててきたし、特にイスラム国はイラク第2の都市モスルの支配権を維持するための戦闘で毒ガスを配備していた。

2013年中も小規模な利用が続発

しかし、4日の攻撃は、2013年ダマスカス郊外で起きた、政府によるものと見られる化学兵器攻撃と多くの類似点がある。この攻撃では、数百人の一般市民が犠牲となり、一時は米国とアサドとの直接軍事紛争に発展するとも見られていた。

米国のバラク・オバマ前大統領と、ほかの西側指導者たちは、化学兵器の使用は外部の介入を促す「レッドライン」になると宣言していた。しかし、シリア政府は2013年を通じてより規模の小さい、数人単位が犠牲となるような化学兵器攻撃を繰り返すことによって、とうにそのラインを超えていた。

ダマスカス攻撃後の米国による軍事行動を回避するためにロシアが仲介した取引の一部として、シリアは2013年に化学兵器禁止条約に署名すると同時に、すべての保有化学兵器を引き渡したとしていた。が、今ではそれは事実でなかったように見える。

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