損保のアジア戦略は長期戦で挑む 東南アジア最大手を狙う三井住友海上の「辛抱」遠慮
保険事業の土台づくり ナイナイずくしの出発
保険料の仕入れ価格である純率をタイの実データを基に算出できるようになれば、保険会社が純率に沿った保険料を設定でき、適正な利潤を得ることが可能になる。そうなって初めて、保険市場の健全な発展のための基礎中の基礎が整ったといえる。適正な利潤を上げる会社が増えれば、結局は消費者も安心して保険を買えるようになるからだ。
「タイに保険料率算出機構を立ち上げろ」。徳田憲二・現タイ支店兼国際業務部次長に、突如指令が下ったのは04年4月のこと。
タイではようやく制度整備が着手されようとしていた。その先の保険自由化、規制緩和をにらみ、喫緊の課題がインフラ整備。より近代的な市場形成を望む保険庁と業界、双方の意欲でIPRB創設を決定する。
ちょうどその折、三井住友海上が、タイ保険庁や保険協会への積極的な提言や社会貢献などが評価され、同国商務大臣より「Excellent Insurance Company」を外資系損保として初めて受賞した。その席上、当時の井口武雄会長とタイ保険庁長官のトップ会談で、三井住友海上がIPRB設立に一役買うことを決定。そこでお鉢が回ってきたのが、当時国内営業にいた徳田氏だった。
1年の準備期間の後、徳田氏は05年4月に単身タイに渡った。だが、赴任後、実際にどんな業務が待っているのか、何が期待されているのか、当人はもちろん、現地の実情を把握している人間は誰もいなかった。
「少しくらいは土台ができているだろうと思っていた」と、徳田氏は振り返る。が、いざ赴任してみると、算出機構計画はまだ完全な白紙状態。どんな組織を作り、どのように運営するのか。また、現状収集可能なデータや、集めたデータをどう解析すればいいか、その手掛かりすらない状態だった。
人材面でもほとんど未整備だった。日本なら保険の基礎的な技術は大学で修得可能だが、タイにはそもそも保険の専門家がいない。たとえば毎月の保険の支払額や掛金率を計算するには、アクチュアリーという数理業務の専門職が必要不可欠だが、タイの損保業界にはそのアクチュアリーさえほとんどいなかった。
そもそもデータ収集ひとつとっても、日本には料率算出団体法という法律で権限が明確になっているため、データ供出もスムーズに進む。ところがタイでは、IPRBに明確な権限が確立していないため、事故・災害等にかかわるデータを提供してもらうだけで一苦労。結局、行政や協会に協力してもらい、利用可能なデータで代替することもあった。最初の1年、徳田氏はデータ収集のつてづくりやデータ整備に追われ、目に見える形での成果を上げることができなかった。もともと2年という期限で始まったプロジェクトだが、瞬く間に3年半が経過した。
07年半ば、ついに火災保険の保険料率算出の方法論が完成。実際のデータを使用した純率の算出にこぎ着けた。現在は自動車保険の方法論が完成し、ようやく純率の算出に着手したところだ。これらが実際に、現地の保険各社で利用されるのにはまだ時間がかかりそうだが、ひとまず健全な市場へのレールを敷いたことで、三井住友海上のタイにおける事業も、中長期で安定的に伸ばしていく環境を整えたことになる。