損保のアジア戦略は長期戦で挑む 東南アジア最大手を狙う三井住友海上の「辛抱」遠慮
三井住友海上グループホールディングス(以下、三井住友海上)が、アジアでのプレゼンスを高めている。この2年、国内保険事業が前年割れに甘んじている中で、海外を含めた収入保険料の伸びが、そのマイナス分をカバーしている。
とりわけアジアの伸長が著しい。2007年度のアジア関連の収入保険料は、三井海上火災と住友海上火災が合併した01年度比で、約5倍に膨らんだ。この間の収入保険料の増収分の3割強を、アジアで稼ぎ出しているのだ。
こうしたアジアにおける収益拡大の礎を築いた取り組みの一つに、05年から手掛けているタイの「保険料率算出機構(IPRB)」の設立、軌道化に向けたサポートがある。
発展途上のタイ損保市場 70社強の超過密状態
同社とタイとのつながりは深い。1954年に当時の三井海上がタイ王国で営業免許を取得、64年に支店を開設した。09年にはタイでの活動が55周年を迎える。
スイス再保険によれば、タイの保険市場は07年度に82億ドル、前年比16・3%増と成長しており、アジアで10番目の市場に成長した。だが、そこにひしめく損保会社の数は何と70社強。4248億ドル規模の日本でさえ40社程度なのに対し、これは異常ともいえる過密状態である。
05年、当時のタクシン首相は「タイをアジアのデトロイトに育てる」と力説した。90年代後半から、タイではモータリゼーションが急速に進展。それに呼応するように自動車保険も急速に普及した。だが、その副作用として自動車保険会社が、零細から中小まで雨後のタケノコのように勃興した。現地の保険事情に詳しい関係者によれば、その実態は、比較的基盤の整った財閥系の保険会社でさえどんぶり勘定。保険料を集めるだけ集め、自転車操業で運営する零細損保会社も存在するという。
保険という商品は目に見えない分わかりにくい。だがその価格は、原材料費(仕入れ価格)に人件費や販促費などの諸経費を加え、利潤を乗せて決まるという意味で、TVやパソコン、クルマなど一般商品と同じ。その際、保険商品で仕入れ価格に当たるのが、事故が発生したときに保険会社が支払う保険金。しかし実際には、事故や災害が起きたときに保険金をいくら支払うことになるか、保険を販売する時点ではわからない。
そこで保険先進国では、確率論や統計的手法を用いて、過去の事故や災害のデータを解析し、将来の支払い保険金額を推計しているのである。たとえば火災保険の場合、鉄筋か木造か不燃材かといった建物の材質・構造と、事務所かデパートかホテルかレストランか、などの業種とが保険料を決める大きな要素となる。これは火災を起こしやすい業種か、延焼しやすいか建物など、リスクによって、保険金額の多寡も変わってくるからだ。
ところが、タイでは自動車保険や火災保険など、一般家庭向け保険の保険料を保険庁や業界団体が決めている。各保険会社はこの決められたタリフ(保険料)を採用している。しかし、その肝心のタリフが、過去に起きた事故や災害のデータを基に算出されたものではない。仮に、タリフ上で想定されている事故件数が現実に起こる事故件数より少なければ、保険会社は徴収した保険料以上の保険金を支払う羽目になる。そうでなくても、過当競争ゆえにタリフを守らず保険を廉売しているケースも少なくない。実際、最も土台となるコストが算出できていないのだから、いつ破綻の嵐に襲われても不思議ではない。