では、鉄道営業法第37条が保護しようとしている法益はどのようなものであろうか。
鉄道営業法は明治時代から今に生き続ける歴史ある法律であり、鉄道営業の基本を定める法律である。その構造を見ると、第一章「鉄道ノ設備及運送」、第二章「鉄道係員」、第三章「旅客及公衆」という立て付けがされている。そこには、不正乗車の場合の割増運賃徴収の規定(第18条)や今回のような無許可の鉄道地内への立入禁止(第37条)などが定められている。
規定を通観すると、鉄道営業法は、鉄道営業に関する基本的なルールを定め、高速度交通機関である鉄道事業の安全、円滑、適正な営業を確保するために、乗車券や運賃についてのルール、鉄道係員が守るべきルール、旅客や公衆が守るべきルールを定めていることが分かる。鉄道営業法上の刑罰法規は、鉄道という交通システムの安全、円滑、適正な営業を確保するために設けられているということになる。
線路内立入に対する処罰も、鉄道会社の財産への無断立入という観点からではなく、鉄道の安全、円滑、適正な営業を確保するための手段と考えるべきであろう。
「往来の危険」が生じなくても違反になる
なお、同じように鉄道営業を阻害する行為を処罰するものとして、より罪の重い往来危険罪(刑法第125条第1項・2年以上の懲役)、あるいは過失往来危険罪(刑法第129条第1項・30万円以下の罰金)がある。
しかし、往来危険罪、過失往来危険罪は、法律の規定上「往来の危険を生じさせた」ということが要件となっている一方、鉄道営業法の鉄道地内立入は「往来の危険を生じさせた」ということは要件とされていない。鉄道地内に立ち入る行為さえあれば、他の妨害行為をしなくても即犯罪として成立するということになる。
これは、鉄道地内立入の行為が形式的類型的に鉄道営業を阻害する性質を有しているものととらえ、立入自体に網をかけて、より安全、円滑、適正な鉄道営業を確保しようというものである。具体的に事故を起こす危険がなくても自動車の制限速度違反を処罰する、道交法の扱いに似たようなものである。
線路内への立入は立入者自身にとっても危険な行為であることは言うまでもない。しかし鉄道営業法の視点からは、誤解を恐れずに言えば立入者の具体的な生命身体の安全確保は二の次ともいえる。
もちろん、鉄道事故から立入者の安全を守るという目的が皆無とはいえないし、間接的には、線路立入に対する処罰に抑止力を持たせ、立入をためらわせることによって立入を試みる者の生命身体の安全を守るという効果はある。しかしそれよりも、安全、円滑、適正な鉄道営業の確保に対する挑戦が立入者からなされたということに対して、相応の処罰をもって対処することが優先されるのである。
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