「福田内閣でも改革が続くと考える理由」リチャード・カッツ
経済面の改革は着実に進み、成果を発揮している
小泉元首相の考え方は思いつきの域を出なかったようにも見える。小泉政権下で成果を生んだ改革の多くは、実は橋本元首相が始めたものだ。橋本改革で“金融ビッグバン”が行われ、首相の権力も増大した。小泉元首相は、それを活用したにすぎない。だが、皮肉にも橋本元首相は小泉時代に“抵抗勢力”の指導者と見なされるようになったのである。
日本が改革に取り組むようになったのは、ベルリンの壁の崩壊とバブルが破裂した1989年から90年にかけて伝統的な政治・経済システムが崩壊したためである。低成長によって、自民党は他のセクターの利益を奪わないかぎり自らの支持基盤を支援することができなくなった。後にいみじくも小泉元首相が「改革なくして成長なし」と表現したように、自民党にとって高成長は政権維持の必須の条件なのである。自民党の指導者は、やっとそのことを理解するようになった。
過去10年間の改革は今も着実に効果を発揮している。会計原則の改正で企業は子会社を使って損失を隠蔽できなくなった。新経営陣による不採算事業の縮小、撤退、分離などの施策は企業に成長をもたらした。不良債権危機で銀行は“ゾンビ企業”を生き延びさせることができなくなった。外国製品の流入や外国からの直接投資は日本企業へのプレッシャーとなり、日産自動車のように、経営にプラスに作用した例もある。
ただ、今までの改革は日本にとって必要な、“生産面での革命”を引き起こすものではなかった。今後はもっと生産性改革に向けた圧力が高まってくるだろう。
改革は自民党の政策にとっても必要だ。一例として高齢化の問題を見てみよう。政府は来るべき衆院選を考慮すると、2009年度予算案で社会保障費を増やさなければならない。しかし、政府はすでに年金給付水準を現役世代の平均給与の50%以上に保つと公約している。この公約を破棄しないかぎり、政府は歳出削減か増税をしないと社会保障費の財源を確保することができない。だが、成長率が高まれば、不人気な福祉予算の削減や歳出削減、あるいは増税の必要性が低くなるだろう。
新政権が政策を実行するには指導力が必要である。これは福田首相に欠けているものだ。だが、どこの国でも改革とは「三歩前進、一歩後退」で進むのである。福田政権の誕生は改革にとって「一歩後退」であるが、実は、改革の芽は日本の至る所に見られるのである。
(C)Project Syndicate
リチャード・カッツ
The Oriental Economist Report 編集長。ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ等にも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。当コラムへのご意見は英語でrbkatz@orientaleconomist.comまで。
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