天皇の「問題提起」は国会で議論されるべきだ 保守派論客は天皇が示す天皇像に否定的だが

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「天皇が象徴であると共に国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました」

「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として大切なものと感じて来ました。(中略)私がこの認識をもって天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは幸せなことでした」

天皇陛下の日々の仕事は、憲法に定められた首相の任命や国会の召集などの「国事行為」のほか、憲法には規定がない新年の一般参賀や国会開会式、さらには被災地のお見舞いや外国訪問など「象徴たる地位にある天皇の行為」とされている「公的行為」、そして宮中祭祀や趣味、日常生活などの「その他の行為」の3つに分類されている。

「おことば」が示すように、天皇陛下は国事行為に加えて、地震や台風などの被災地のお見舞い、あるいは福祉施設などの訪問や社会的弱者の方たちとの面会といった「公的行為」に積極的に取り組んできた。国民と接し、会話し、心を通じ合う、そして平和と繁栄を祈る、そんな「行動する天皇」像を追求してきたのである。

積極的に国民と接することを通して、天皇に対する国民の理解と支持、尊敬が生まれ、それが天皇制の安定、ひいては日本社会の安定と繁栄につながると信じている。そうした自らが定めた天皇の役割を高齢のために満たすことができなくなったことに対する重い責任感が、生前退位の決断につながったのだろう。

「日本国憲法下の在り方のほうが伝統的」

また、天皇陛下が示した新しい天皇像には大日本帝国憲法下における天皇像に対する否定的な意味も込められている。天皇陛下は2009年4月、結婚50年に際しての記者会見で次のように発言した。

「象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」

現人神として崇め奉られ、政府や軍の最高幹部ら一部の人たちがその権威を政治的に利用し、国民が想像すらできない遠い空間に存在していた旧憲法下における天皇像は、天皇の歴史を振り返ると例外であるとしているのだ。

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