ドイツには「まちづくり」という言葉などない 日本中でこの言葉が氾濫する理由とは?

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日本のまちづくりは概して「アリの目」でなされているため、成果がピンポイントになりやすい。対して、ドイツの都市計画は、全体の状態を把握する「鳥の目」が生きている(撮影:筆者)

ドイツの10万人都市での取材・観察をとおして執筆活動を行っている私は、日本の大学・自治体などから講演を依頼されることがある。そこでよくいただくのが「ドイツのまちづくりについて」というお題だ。

私は、このお題にいつも軽い違和感を覚える。というのも、直訳できるドイツ語が思いつかないからだ。換言すれば、「まちづくり」とは日本独自の用語なのだ。学術的にも、ドイツでは日本のコミュニティや都市計画に焦点を当てた研究の中で、日本特有の用語として扱われている。

そもそも、日本ではいつからこの言葉が使われるようになったのだろうか。調べてみると、専門家の間では随分前から使われていて、文献ベースでは1947年にすでに見られる。使われる頻度が増え始めたのは、後述するように1990年代からだろう。私が2000年代半ばにドイツから一時帰国したとき、NPO関係者との話の中で「まちづくり系の人たち」という言葉が耳に入ってきたのが新鮮だった。このあたりから、人々の活動領域を分類する言葉としても使われてきたのかもしれない。

日本中に氾濫する「まちづくり」という言葉

そして昨今では、大学の学部学科でも「まちづくり」の名前がついたものが増えている。住宅メーカーの広告などでもお目にかかる。たとえば、住宅メーカーの積水ハウスは2005年に街の開発の基本指針として「まちづくり憲章」を制定している。

この言葉がここまで世の中に氾濫するのはなぜだろうか。1つに、言葉の使い勝手のよさがある。たとえば、「まちづくりとしての○○」とすれば、○○の中は環境問題、福祉、教育、観光などが入り、「○○を活用したまちづくり」とすれば、廃校、アニメ、スポーツ、IT、歴史遺産などなど、要するになんでもござれだ。この使い勝手のよさの理由を、言葉の成り立ちからもう少し深く考察してみよう。

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