「アメリカが提供すべき3つの“国際的公共財” 」ハーバード大学教授 ジョセフ・S・ナイ

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ソフトパワーだけでない“賢明なパワー”の発揮を

 アメリカが提供すべき国際的な公共財は、大きく三つに分類できる。一つ目は、国際的なルールや組織の整備である。たとえば貿易促進や環境保護、武器の拡散防止や人権維持、こうした問題に対処するには、国際法や国際機関の整備が不可欠だ。アメリカがこうした問題に指導力を発揮すれば、他国だけでなく、アメリカ自身の利益にもつながるだろう。アメリカ一国主義者は、「国際体制に依存すればアメリカの行動は制約を受ける」と批判するが、制約を受けるのは他国も同様である。アメリカだけが制約を受けるわけではない。

 二つ目は、貧困国への援助である。貧困国の市民は、政治不安の悪循環に陥りながら、病気や飢えに苦しんでいる。先進国からの資金的、科学的な支援は、人道的な理由からだけでなく、破綻国家が世界の混乱の原因になることを避けるためにも必要なのだ。しかし、こうした分野におけるアメリカの支援実績は自慢できるものではない。貿易のルールは自国の都合のよいように定められ、結果的に貧困国を傷つけている。海外援助もアメリカ国内ではさほど人気がない。アメリカは今こそ武力でない“ソフトパワー”を駆使し、貧困国に支援が確実に届くよう国際社会をリードしなければならない。

 三つ目は、国際紛争の仲介者としての役割である。アメリカは圧倒的な軍事的パワーを持ち、紛争の解決に貢献できる超大国である。たとえば北アイルランドやモロッコ、エーゲ海での紛争仲介には、アメリカのリーダーシップが秩序の再構築に役立つはずだ。

 もちろんアメリカ以外の国によって、効果的な仲介がされる場合もある。たとえばアメリカは、仲介国として中東国間の対立を悪化させたことがある。またバルカン半島の紛争時のように、アメリカがヨーロッパ諸国と協力しながら指導力を発揮するケースもある。それでも関係国を一堂に集めることができる国は、やはりアメリカ以外に存在しない。

 アメリカは、自国だけでなく他国にも、国際的な公共財の提供を呼びかけるべきだ。たとえば中国に対し、“国際社会における責任あるステークホルダーになる”という条件でその台頭を歓迎すれば、そうした対話を始める一歩になるはずだ。

 イラク撤退後も、アメリカが世界で圧倒的なパワーを持つことに変わりはない。しかし、アメリカがすべきことは、そのパワーを見せつけることでなく、他国と協力しながら指導力を発揮することである。いまこそソフトパワーと軍事力のハードパワーを結び付け、国際的な公共財を提供する“賢明なパワー”を発揮すべきときだ。
 
(C)Project Syndicate

ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

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