もちろん、たとえドル高でも実体経済が耐えられている間はトランプ大統領も文句は言わないだろう。現状、米国の雇用・賃金情勢は確かに堅調であり、だからこそFRBの利上げ路線も堅持されている。
だが、景気分析上、雇用・賃金情勢はあくまで景気循環に対する遅行系列であり、減速があらわになる頃には政策対応が遅きに失しているおそれが強い。雇用・賃金情勢を頼りに政策運営するのは、バックミラーを見ながら車を運転しているようなものである。
ドル高を許す「心の拠り所」はない
この点、不安な兆候は既に見え隠れする。例えば、非農業部門雇用者数変化の趨勢(3か月平均)を振り返ってみると、2014~2015年は増加幅が前月比20万人を下回ることが稀であったが、2016年はむしろ下回ることの方が多くなっている。完全雇用と思しき水準まで雇用回復が進んだ結果とも言えるが、裏を返せば今後、雇用の増勢が強まることも期待できない。
2017年に景気の成熟化がさらに進み、前月比一ケタ万人増が頻発されるようになったとしても、市場は「完全雇用だから仕方ない」とこれを冷静に受け入れるのだろうか。少なくとも、直情的な反応に陥りやすい為替相場にそのような展開はあまり期待しない方がよいだろう。
雇用だけではない。ドル高の影響が懸念される企業部門に目をやれば企業収益は2014年末を境として減益が続いており、概ねドル高が加速し始めた時期と一致する。こうした動きは昨年来懸念されていたものの、株価堅調の中で見逃されてきた。しかし、その株価についても、S&P500指数を見ても今年8月でピークアウトしており、勢いを感じないというのが現状である。
雇用、企業収益、株価といった経済・金融指標の中でも比較的訴求力の強い計数に今後加速が見込めないのだとすると、利上げに伴うドル高を通貨政策として容認するのはやはり難しいように思われる。心の拠り所になりそうな計数が今後多くは見込めないというのが筆者の想定である。
今のところ、2017年もFRBはインフレを警戒しつつ、フォワードルッキングに金融政策として引き締め(即ちドル高方向)を志向する姿勢を保っている。だが、米政府・財務省の意向を汲む通貨政策が同じドル高方向を向くのはどうやら難しそうであり、金融・通貨政策の間で厄介な「ねじれ」に直面しそうである。結局、金融政策は通貨政策に収斂されるのではないか。
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