日本でテロが起きると死者が膨大になる理由 組織的な事態対処医療体制の整備が急務だ
日本国内の大都市部でテロが発生した際に人命に脅威をもたらすものは、主として外傷であり、医療体制のテロへの対応の可否についてはそこに焦点を当てなければならない。
平時の外傷救護・初期治療における救急医療体制について、日本では「ゴールデンアワー」「プラチナの10分」というキーワードが使われることが多い。「ゴールデンアワー」とは、受傷してから1時間以内に外科手術を受けることができた重症外傷傷病者の生存率が最も高いことによる、病院前救護活動時間短縮の目標時間である。ちなみに「傷病者」とは医師以外の医療従事者、救急隊員や救急救命士による手当てを受けている者のこと。医師による治療が開始された時点で「傷病者」は「患者」に区分される。
テロは多数の人々を無差別に殺傷することを目的とする。要求を通すためには成果は大きければ大きいほど都合が良いためである。テロが「効率的な殺人」である一方で、重症外傷傷病者の救出・救助・救命・救護・治療は1人ずつ行うほかに方法は無い。効率的な殺人と救命の間には決定的な差があり、今後、たとえ医学がどれだけ発達しようとも、この差は拡大していく一方である。さらに大量破壊兵器が用いられた場合は、この差は途方もないほど大きなものとなる。
「1時間以内」という考え方しか持っていないのであれば、たとえ早く病院に到着できたとしても、治療は一人ずつしか受けられないのであるから順番を待つ間に手遅れになってしまう。
対応スピードが決め手になる
平時の「ゴールデンアワー」体制が破綻する閾値(しきいち)は意外と低いものである。「ゴールデンアワー」を実現するためには、1人の重症外傷傷病者に1隊の救急隊(3人)、1室の手術室(6人)が対応できることが条件となる。10隊の救急隊を集めることはできても、手術スタッフを一度に60人も手配することは不可能であり、事実7月に発生した相模原障害者施設殺傷事件では、最初に負傷者を搬送できたのは通報から約1時間半後、事件発生から4時間を経ても救急搬送が終わらず、重症外傷傷病者全員の病院への搬送が完了したのは、事件発生から約5時間後だった。
「プラチナの10分」も当然ながらテロが発生した際は通用しない時間尺度である。銃創、爆傷および刃物による致命的な外傷では、30秒程度で死に至ることがあるほど対応時間が短いため、救急車の到着を待つ時間の余裕はない。そこで、SABACA「サバカ」(Self-Aid・負傷者自身による救急処置、Buddy-Aid・負傷者相互による救急処置、Civilian-Aid・市民への救急処置の提供)が救命の鍵となる。
欧米では平時の救急医療から「ゴールデンアワー」「プラチナの10分」のような「~以内」という考え方をやめ、Buy the time「時間を稼ぐ」に移行している。現場で早期に救命のための処置を施すことで時間の余裕を獲得する、現場からの搬送には緊急度に応じた時間差をつけ、病院で待ち構える手術スタッフが1人ずつの治療に持ち込めるようにする。これによって、最大多数の最大救命を実現できる。
症例の緊急度に応じた時間尺度をそれぞれに持つことによって、時間差をつけて傷病者に対応する――。このことを「ゴールデン・ピリオド」と称するようになっている。
平時の救急医療から「時間を稼ぐ」「時間差をつける」体制をもって臨んでおくことは、テロ対策として非常に重要だ。現実に2015年11月13日にフランスのパリ市街と郊外で発生したテロ事件では、平時からの取り組みが奏効した。平時に行っていないことは有事に実行できないのである。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら