とはいえ、平川さんは教職経験も教員免許もない。だが、幸運にも、各地方自治体で企業経営の実績を持つ人材を校長に抜擢する機運が高まっていた。「コレだ!」と思った平川さんは、大阪府の「民間人校長」職に応募、見事、合格を勝ち取った。
しかし、ここでまた壁にぶつかった。6歳だった娘さんにハッとするような一言を言われてしまったのだ。
「『私はママとジイジとバアバと一緒にいたい! 一家はひとつ!』と言われちゃって。このときばかりは私、とっても反省しました。人様の子どもにいくら『いい教育を』と思っても、教育は家庭教育が基本。その視点が抜けていたなぁと。娘がいちばん大事なことに、気づかせてくれたんですね」
こうして大阪行きは断念したが、学校教育への夢はあきらめきれない。すると運よく、横浜市が同じく、民間出身の校長を募っていることを知り、迷わず手を挙げた。その結果、応募者数百人の難関を突破して合格。2010年4月、横浜市立市ヶ尾中学に、「民間出身初の女性校長」が誕生した。
民間より大変な「八方よし」の世界
学校という世界に入り、いちばん戸惑ったのは、仕事のやり方の違いだったという。
よく商売の世界では「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」を目指せと言われる。しかし、校長職は、「八方(生徒、保護者、教師、地域、教育委員会、緒関係機関)よし」の“八方美人”でなければ勤まらないそうだ。
「でも、現実的に八方よしなんて無理。だから、校長は何を優先するかを決めないと。私はもちろん、生徒を優先します」
一方で、「私は先生たちの広報部長になりたい」とも言う。実は平川さん自身、学校のインサイドに入るまで「先生」という存在について、誤解していたそうだ。
「正直、民間より楽な仕事なんじゃないかと思っていました。ところが、実際に中に入ってみたら、先生がどれほど大変な仕事で、どれほど努力しているのかわかったんです。たとえば、子どもたちがけんかしたとします。すると先生たちは、どんなに忙しくても、その2人の言い分を丁寧に聞いて、どちらにも寄り添い、指導できるよう細やかに気を遣う。
ところが、先生のほとんどは、『私はこれだけ頑張っている』『これだけ働いている』とは、決してアピールしないのです。さらに、中学生は反抗期だから、家庭で親に先生の話など、あまりしません。だから、保護者は『先生は何もやっていない』と思い込んでしまう。それは子どもにとってもよくない。だから私は、先生たちの頑張りを伝える役目をしなければいけないと決意したのです」
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