他方、政府の法案ではクローズアップされていないが、この法案が図らずもあぶり出した日本の公的年金制度の弱点がある。それは、マクロ経済スライドによって、世代間の受益と負担のバランスをとったり、年金財政が破綻しないようにしたりすることはできるが、もらえる基礎年金が減ることによって、生活保護に頼らざるを得なくなる高齢者が今後増える恐れがある点だ。このことは、野党の民進党も鋭く言及している。
前述のように、2014年の年金の財政検証では、経済成長率を維持しマクロ経済スライドを発動すれば、年金の給付財源をきちんと確保しつつ所得代替率が50%を下回らないようにできることを、試算で示している。しかし、この所得代替率が50%超となるのは、40年間厚生年金に加入し、その間の平均収入が厚生年金(男子)の平均収入と同額の夫と、40年間専業主婦の妻がいる世帯(これをモデル世帯という)においてであり、それ以外のタイプの高齢者世帯では、50%を上回るか否かは保証の限りではない。
基礎年金の給付水準の大幅な低下をどうするか
40年間一時も欠かさず保険料を払っていて給付を満額もらうことができる人でも、年金給付が最も少ないのは、国民年金(基礎年金)にだけ加入した単身高齢者である。国民年金だけの高齢者には、自営業者や農業者だけでなく、職場で厚生年金には入れない非正規雇用の人たちも該当する。
先の数値例(ケースE)で言えば、マクロ経済スライドをフル発動したら、2044年度頃の高齢者の給付水準は所得代替率で51.0%となるが、それはモデル世帯であって、そのうち、夫の厚生年金が24.5%、夫婦がともに満額でもらえる基礎年金が2人合わせて26.5%という内訳となっている。
他方、国民年金だけに40年間加入していた単身高齢者だと、所得代替率で13.25%(=26.5÷2)に相当する給付しか受けられない。40年間加入し満額もらえればまだしも、未納未加入期間がある人の場合、それよりもさらに給付水準は下がる。もちろん、政府が成立を目指す年金制度改革関連法案が成立しなければ、今の仕組みのままでマクロ経済スライドが十分に発動されないので、国民年金だけ満額もらえる高齢者の所得代替率は13.0%とさらに低くなる。ちなみに、2014年度の高齢者一人分の基礎年金(満額)の所得代替率は、18.4%である。
こうした所得代替率の低下は、マクロ経済スライドによるものである。とはいえ、マクロ経済スライドがなければ、公的年金の給付と負担をめぐる世代間格差は縮小できない。年金給付、特にマクロ経済スライドで大きく所得代替率が低下する基礎年金の給付水準を、将来どう担保してゆくか、宿題として残されている。マクロ経済スライドと別の方策を組み合わせることで活路が開けるのではなかろうか。
まだ所得代替率が高い今の高齢者の給付を早期に抑えて、その分だけ将来の基礎年金給付の財源に回せば、今の現役世代の負担を大きく増やさずに、将来の基礎年金の給付水準を維持できる。しかし、今の高齢者の給付水準は減る。与野党の攻防が、世代間対立を助長せず、世代を超えてバランスがとれた制度改革へとつながることを期待したい。
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